森下典子 エッセイ

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2003年4月―NO.7

  


上品な餡の甘さと、
塩気のきいた桜葉の香りが混ざり合う
そのバランスは、
他のどんな味にも似ていない
長命寺桜餅山本やの「桜餅」








長命寺桜餅山本やの「桜餅」
(画:森下典子)

 言問橋を過ぎ、桜橋も過ぎると、右手に、暖簾を下げた店が一軒見えた。「山本や」である。高速道路の高架がまるで店の軒のようだ。
「桜もち」と書いた暖簾をくぐって引き戸をからからと開けると、毛氈の赤い色が目に飛び込んできた。店内でも食べられるように席が設けてあり、五、六人のお客さんがお茶をすすっていた。
 奥の小さなお帳場に白い三角巾をした女性がいた。
「予約した森下です」
「はい。……六個ですね。千二百円です」
すぐに紙包みを手渡された。
 せっかく向島まで来たのだから、ここでも食べて行くことにした。
 席に腰掛けて待っていると、大きな木の枡が目の前に置かれた。枡の横に「長命寺さくら餅」と焼印が押してある。三枚重なった大きな葉に隠れて、餅の姿が見えない。思わず、持ってきてくれた女性に声をかけた。
「葉っぱ、全部食べるんじゃないんですよね」
「ええ。餅が乾かないように三枚で包んでいますけど、三枚食べたらしょっぱいですよ」
「それじゃ、一枚はがして、二枚で食べるの?」
「それはお好みです。一枚でも、二枚でもお召し上がりください」
 三角巾の女性はにこにこしながら私の前に煎茶を置いた。
桜の葉は、「たかなの古漬け」のような色に漬かっていた。ペラッとはがすと、白いクレープのような餅が、柏餅のように二つに畳んであり、皮を透かしてうっすらと餡子の色が見えた。
 私は一枚の葉っぱをはがし、二枚の葉っぱでサンドイッチのように餅をはさんだ。口元へ運ぶ途中から、もう、ぷう〜んと桜の葉の香りがした。ブチッと歯の間で葉が破け、薄皮の弾力の中から、よく晒した餡子の甘さが広がった。漬物のような葉っぱを食べるブチ、ブチとした食感の中に、上品な餡の甘さと、塩気のきいた桜葉の香りが混ざり合う。その甘さと塩気のバランスは、他のどんな味にも似ていない。
(だから、一度食べた人は、季節になると、またこの味を思い出すんだな)

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