森下典子 エッセイ

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2003年5月―NO.8

  


にぎやかな旨さは、
何となくどこかへ出かけたい
気持ちを呼び起こす
ふっと、レンゲ畑がみたくなった
セブンイレブンの「ご予約弁当」









レンゲ
(画:森下典子)

 小学校から大学卒業まで、母は毎日欠かさず弁当を作って持たせてくれた……。そう言うと、
「うらやましいなぁ。いいお母さんを持って」
 と、言われることがある。
 だけど、ちょっと想像してみて欲しい。朝も晩も、母の味噌汁や煮っころがし。昼も弁当の蓋を開ければ、母の手作りそぼろや卵焼き。どこを向いても「おふくろの味」である。
「おふくろの味」が恋しいというのは、生まれ育った家を離れた大人が思うことであって、子供は案外、お店で売ってるコロッケや、夜店のソース焼きそばなんかを食べてみたいと思っている。
 それなのに、学校の先生も理解がなかった。
「下校の途中に、買い食いなんかしちゃダメだぞ。ちゃんと家に帰って、お母さんの作ってくれたものを食べなさい」
 子供だって、たまにはよその味が食べてみたいのに、「浮気」は許されなかった。
 初めての「浮気」は、夏休みに友だちとプールへ行った帰りだった。売店で、ホットドッグを食べた。暖かいパンの柔らかさ。ブチッとはじけたソーセージの皮。マスタードとケチャップの味……。あまりのおいしさに感動し、家に帰って、つい白状してしまった。すると母は、なんと、パンとソーセージを買ってきてホットドッグを作り、
「どう?外なんかで食べるより、私が作ったホットドッグの方がおいしいでしょう?」
 と、言ったのだ。子供心にも、
「おいしい」
 と、言わないわけにいかなかった。
 母はごくたまに、三年に一回くらい、風邪で寝込んだ。
「今日は、お弁当作れないから、途中でパンかおにぎりを買って行ってちょうだい」
 そんな日、私はもらったお昼代のお金を握りしめ、パン屋に寄って、普段決して口にできない「焼きそばパン」や「ハムかつサンド」や「コロッケパン」を、思いきり買った。今にして思えば、妻の帰省中に羽根を伸ばす夫の心境に近いものがあった気がする。私は今でも「ハムかつサンド」を愛しているし、「コロッケパン」や「焼きそばパン」のソースは、ほんの少しのやましさと大きな開放感の合い半ばした、甘辛い味がする。

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