森下典子 エッセイ

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2003年7月―NO.10

  


真夏にダレがちな食欲に
ガツン!と喝を入れてくれるのは
やはり、あの鼻腔をくすぐる
黄金色の香辛料の香り
ハウス食品の「バーモントカレー」















ハウス食品の「バーモントカレー」
(画:森下典子)

「ハウスバーモントカレー」が発売されたのは、私が小学校1年生の時だったから、もう、かれこれ約40年の付き合いになる。母が、板チョコみたいなカレールウを、ぽくぽくと割って鍋の中に入れるのを、私はよくそばでじっと見ていた。ルウが入ると、やがて鍋の中は茶褐色のとろみが付いて、カレー独特の香辛料の匂いが、強烈にたちこめる。
「リーンゴとハチミツー」
 が歌い文句なのに、食べてみると、リンゴやハチミツの味はしなかった。「隠し味」というものの繊細さと複雑さを知った。
 ある日、友だちの家に遊びに行って、夕食のカレーをご馳走になった。
「うちもバーモントカレーだよ」
と、友達は言ったが、私は皿を見て驚いた。具は、うちとまったく同じ、人参、玉ねぎ、ジャガイモだけれど、牛肉がごろんとした立方体だった。それが、スプーンで押すと、ポロポロと繊維に分かれるほど煮込んである。うちのカレーの肉は、ペラッとして薄かったから、家に帰ってすぐ母に報告し、
「うちも、ああいうお肉の入ったカレーを作って!」
 と、ねだったのを覚えている。
 まだ、カレーの具が、その家の経済状態を反映した時代だった。知り合いのTさんは、
「あら、うちの北海道の田舎じゃ、子供の頃、カレーには、肉の代わりにいつもスルメが入っていたわよ。カレーっていうのは、スルメが入るものだってずっと思ってたわよ。大きくなって初めて肉の入ったカレーを食べた時、この家のカレーは変わってるな。スルメが入っていない……と、思ったもんよ」
 と、笑っていた。もっと珍しいところでは、
「うちのカレーには、いつも、ちくわが入っていた」
 という話を聞いたことがある。
 祖母の作ったカレーには、時々、タケノコとサトイモが入っていた。
 親友のマコちゃんの家では、まだ世間に「かつカレー」がないころから、カレーにトンカツを乗せたり、目玉焼きを乗せたりして、食べていたそうだ。
 そういえば、あの頃、カレーを食べる前に、コップに入れた水にスプーンを浸すという、奇妙な「マナー」のようなものがあったが、あれは一体、何だったのだろう?
 中学の修学旅行の時、旅館の大広間に、
 ズラ――――――――――――ッ
 と、生徒160人分のカレーライスと、コップの水に立てたスプーンが林立していたことがあって、それは不思議な光景だった。
「スルメ」や「ちくわ」や「とんかつ」が入ったり、変なマナーがあったり、カレーって変てこだ。それでも、あの頃、
(カレーはインドの料理だ)
 と、思っていたので、私は大阪万博の「インド館」で似ても似つかないインドカレーを食べた時、「なにこれ?」 と、きょとんとなった

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