森下典子 エッセイ

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2003年12月―NO.15

  


卵の黄身の濃厚な風味と甘さ……。
歓喜しながら、
瞬く間になくなってしまっていく
小さな金色の藁束を、
惜しむように食べた。
石村萬盛堂の「鶏卵素麺」


ビロードのイス
(画:森下典子)

 高校2年生の時、同級生3人で家庭教師の先生に数学の補習を受けていた。3人のうちの1人が、学校の近くに住んでいたので、放課後、彼女の家に集まり、そこに先生に来ていただくことになった。
 彼女の家は閑静な住宅街に建つマンションだった。最初にそこに足を踏み入れた時、ぶったまげた。太陽の燦々と降り注ぐ30帖ほどのリビングダイニングルームに、真っ白い絨毯が敷き詰められていて、白い革張りのソファーがあり、大きなダイニングテーブルの周りには、背もたれの高い、ローズピンクのビロードの椅子が並んでいた。
 昭和48年のことである。あれは私にとって、初めてこの目で見た高級マンションだった。名前も「アパート」や「マンション」ではなく、「メゾン」と言った。うちは、小さな木造モルタル2階建て。もう一人の同級生は、6帖2間の団地住まい。それが普通だった。私たち二人は黒い学生鞄を持ったまま、白とピンクのリビングルームに呆然と突っ立っていた。
 オフホワイトのブラウスに、ベージュ色のロングスカートという、「ママさんコーラス隊」のような姿の「お母さま」(彼女はそう呼んでいた)が、
「お二人とも、こちらにお掛けなさいな。今、おやつを持ってきますわね」
と、私たちにビロードの椅子を勧めて、キッチンに消えた。歩くと、フカフカの絨毯に足が沈んだ。

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