森下典子 エッセイ

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2003年12月―NO.15

  


卵の黄身の濃厚な風味と甘さ……。
歓喜しながら、
瞬く間になくなってしまっていく
小さな金色の藁束を、
惜しむように食べた。
石村萬盛堂の「鶏卵素麺」







石村萬盛堂の「鶏卵素麺」
(画:森下典子)

 やがて、鎌倉彫のお盆に乗って、見たことのないお菓子が出てきた。目の覚めるような鮮やかなブルーのお皿の真ん中に、ちょこんと積み重ねられた金色の小さな藁束のようなもの。
「どうぞ、召し上がって」
「……いただきます」
 私たちは、マッチ棒くらいの長さに切りそろえられた金色のお菓子をじっと見た。一本一本が燃え上がるヒマワリのような黄色で、金糸卵のように細く、糊をしたようにピンと張っていた。よく見ると、真っ直ぐの細い藁のようなのもあれば、捩れてくっつきあったのもある。それらが水飴のように光っていた。
 銀のフォークにそっと乗せて口に運んだ。卵の黄身の濃厚な風味と甘さ……。
「わぁー!」
 放課後の女子高校生は、その味に歓喜した。歓喜しながら、瞬く間になくなっていく小さな金色の藁束を、惜しむように食べた。
(あー、もっと食べたい!)
 お皿にちょこんとではなく、お椀いっぱい食べたいと私は渇望した。
「おかわり、ください」
 という言葉が、喉元まで出た。隣に座っている友だちをチラッと見た。彼女はもう参考書を広げ始めていた。お菓子に未練はないらしい。私はどうしても食べたい。
(よし、言おう!……だめかなぁ?……でも、もっと食べたい!……いけないかなぁ……)
 葛藤しているうちに、先生がやってきた。お皿は片付けられ、授業が始まった。
 帰りは夜になった。「お母さま」が車を運転して、私たちを駅まで送ってくれた。途中、道路の小さな窪みで、車が軽くバウンドした。その瞬間、ハンドルを握っていた「お母さま」が、さらりと言った 「ごめんあそばせ」
ごめんあそばせ、という言葉が、テレビや漫画でなく、現実に使われたのを初めて聞いた。

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