身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年1月―NO.63

  3

「京女みたいだ……」
前歯が薄いひとひらをサリッと噛むたび、私はその薄さと繊細さに感動した。

大藤の「千枚漬」


大藤の千枚漬
大藤の千枚漬

(画:森下典子)

 その宿で、毎朝、女将さんが出してくれた「朝がゆ」が忘れられない。「かゆ」と言っても、干物、卵焼き、青菜のお浸し、湯豆腐などのおかずがいっぱい付いている。それに、ちりめん山椒、塩昆布などのトッピング。朝から実に贅沢だった。
 その「朝がゆ」に、「千枚漬」がついていた。色鮮やかな京焼の皿の真ん中に、扇形に切られた千枚漬が、ちょこんと行儀よく盛られていた。 
 その千枚漬の美しかったこと……。まっ白で、みずみずしく、肌理が細かい。これが蕪かと思うほど、しなやかな肌である。薄いのに毅然と立って、切り口もきりりとしていた。
「京女みたいだ……」
 と、思った。
 箸の先で一枚はがして、口に入れた。
 サリッと噛んだ途端、
「…………!」
 私はその薄さに感動した。こんなに薄いのに弾力がある。滑らかで柔らかい。聖護院かぶらとは、なんと不思議な蕪だろう!
 甘酸っぱさと一緒に、真冬の空気のような蕪の香りと、昆布のとろーっとした旨みがまじり合い、口に広がった。そして残るさっぱりとした後味……。
 これ以上薄くてはいけない。厚くてもいけない。ちょうどいい薄さ。
 そして、この薄さに対して、濃すぎず、薄すぎない味付けである。
 前歯が薄いひとひらをサリッと噛むたび、私はその薄さと繊細さに感動した。
 何年か前、京都に行って、その宿のあたりを歩いたことがある。宿は飲食店に変わっていた。あたりの雰囲気も昔とは様変わりしていて、女将さんの消息をたずねることもできなかった。
  千枚漬を食べるたびに、私は今でも、あの花街の宿で過ごした冬の京都を思い出す。

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