2008年1月―NO.63
「京女みたいだ……」 前歯が薄いひとひらをサリッと噛むたび、私はその薄さと繊細さに感動した。 大藤の「千枚漬」
大藤の千枚漬 (画:森下典子)
その宿で、毎朝、女将さんが出してくれた「朝がゆ」が忘れられない。「かゆ」と言っても、干物、卵焼き、青菜のお浸し、湯豆腐などのおかずがいっぱい付いている。それに、ちりめん山椒、塩昆布などのトッピング。朝から実に贅沢だった。 その「朝がゆ」に、「千枚漬」がついていた。色鮮やかな京焼の皿の真ん中に、扇形に切られた千枚漬が、ちょこんと行儀よく盛られていた。 その千枚漬の美しかったこと……。まっ白で、みずみずしく、肌理が細かい。これが蕪かと思うほど、しなやかな肌である。薄いのに毅然と立って、切り口もきりりとしていた。 「京女みたいだ……」 と、思った。 箸の先で一枚はがして、口に入れた。 サリッと噛んだ途端、 「…………!」 私はその薄さに感動した。こんなに薄いのに弾力がある。滑らかで柔らかい。聖護院かぶらとは、なんと不思議な蕪だろう! 甘酸っぱさと一緒に、真冬の空気のような蕪の香りと、昆布のとろーっとした旨みがまじり合い、口に広がった。そして残るさっぱりとした後味……。 これ以上薄くてはいけない。厚くてもいけない。ちょうどいい薄さ。 そして、この薄さに対して、濃すぎず、薄すぎない味付けである。 前歯が薄いひとひらをサリッと噛むたび、私はその薄さと繊細さに感動した。 何年か前、京都に行って、その宿のあたりを歩いたことがある。宿は飲食店に変わっていた。あたりの雰囲気も昔とは様変わりしていて、女将さんの消息をたずねることもできなかった。 千枚漬を食べるたびに、私は今でも、あの花街の宿で過ごした冬の京都を思い出す。