2012年9月―NO.115
そもそもは遣唐使が持ち帰ったという歴史的な価値がある。
当時は貴族の口にしか入らないとんでもない高価なお菓子だったのだ。
亀屋清永の「清浄歓喜団」
父が生きていた頃、わが家では、毎週日曜の夜8時から家族全員うちそろってNHKの大河ドラマを見ていた。それは大河ドラマ開闢以来のわが家の習慣であった。私の記憶に残る最古の大河ドラマは「赤穂浪士」。オープニングの「ボレロ」を思わせる時代がかった厳粛なテーマ曲は、7歳の子供をも魅了する名曲で、絶妙な間で、パシ!パシ!と鳴る鞭の響きに、子供ながらにわくわくした。
父は大正生まれの堅物で、権威や格式を重んじるタイプの人だった。日本放送協会が一年かがりで放送する時代劇を、あたかも国家行事か何かのように思っていたふしがある。大河ドラマが始まる8時が近づいて来ると、父は椅子の向きをテレビの真正面に向けて、
「おい、始まるぞ」
と、台所で洗い物をしている母や、2階にいる私と弟を呼んだ。父は大河ドラマの原作本は必ず全巻買いそろえた。果たしてそれを読んだかどうかはわからないが、わが家の本棚には、海音寺潮五郎の「天と地と」、吉川英治の「新・平家物語」、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」、城山三郎の「黄金の日々」などがずらりと並んでいた。
そんな家庭で育った私だが、父が死んだ頃から10年間ほどは、大河ドラマを見なかった。「琉球の風」「毛利元就」「徳川慶喜」「北条時宗」「利家とまつ」あたりがスポッと抜けている。それはちょうど、私が一人暮らしをしていた時期と重なる。
亀屋清永の「清浄歓喜団」 |
それ以後も、私は「義経」「功名が辻」「風林火山」と毎年、大河を見てきた。
そして、今年の「平清盛」である……。「視聴率、ついに1ケタ」「歴代最低の視聴率」と、苦戦が伝えられている。しかし、私はこの不評に首をかしげている。物心ついた時から、日曜夜8時には大河ドラマを見てきた視聴者として、私は「平清盛」を熱烈に支持する。これは大河50年の中でも傑出した作品だ。このドラマを「面白くない」「わかりにくい」というのは、もはや日本の視聴者に、丁寧に作り込まれた歴史ドラマを味わう素養がなくなったからではないだろうか。
「平清盛」はよく練られたドラマである。平氏と源氏の歴史的ライバル関係が物語の縦糸だとすると、横糸は、血族の愛憎である。父子の葛藤や兄弟の確執が、源平だけでなく、天皇家、藤原摂関家にもあって、そこから戦いが起こる。さまざまな階層の血族の葛藤が小さく、大きく響き合い、交響曲のようなドラマになっているのだ。
もうひとつは、一人ひとりの衣装、メイクの斬新さである。こういう分野を「人物デザイン」というそうだが、法王が身につける装飾品や、貴族の男性の白塗りのムラからキャラクターが伝わってきて、それが物語に奥行きとリアリティーを与えている。
そして、何と言っても、役者の本気度である。白河院(伊東四朗)、鳥羽上皇(三上博史)、美福門院(松雪泰子)、藤原頼長(山本耕史)、信西(阿部サダヲ)、源義朝(玉木宏)……主役も脇役も、それぞれが役の中で見せてくれる生きざまが、45分という枠を、密度の濃い、充実した時間にしてくれる。
その「平清盛」も4分の3が終わってしまった。いよいよこれから「盛者必衰」の物語。琵琶の音色が流れてきそうである。
亀屋清永の「清浄歓喜団」 |
「おう、うまそうな唐果物じゃ」
と、清盛の父、忠盛がつまんで齧るシーンから登場し、その後も、宴会の席に登場したり、来客にふるまわれたり頻繁に画面に映る。
小さな巾着袋のような形で、表面は褐色。齧るとパリパリ音がするところを見ると、どうやら揚げ菓子のようである。
その「平清盛」に出ていたのと瓜二つのお菓子がデパ地下で売られている。きっとNHKはこれを使用しているのだろう。
亀屋清永の「清浄歓喜団」という。
どんな味なのか試しに買ってみた。一個525円。この小ささにしては高いが、そもそもは遣唐使が持ち帰ったという歴史的な価値がある。当時は貴族の口にしか入らないとんでもない高価なお菓子だったのだ。
形が面白い。巾着袋の口が8つの渦を巻いて、「縄文式土器」か「土偶」のようである。
亀屋清永の「清浄歓喜団」 |
「温めると、香りがよくなりますよ」
と言われたので、電子レンジでチンしてみた。すると、いくらか食べやすくなり、胡麻油の匂いと香ばしさが立った。熱々を齧ると、揚げ皮がパリパリして、中は餡子である。
実は、餡子が登場するのは、江戸時代になってからで、伝来当時は、中に栗、柿、杏などの木の実が入って、かんぞう、あまずらなどの薬草で甘く味付けしたものだったという。
「平清盛」の中で、筆頭家人、平家貞(中村梅雀)が、
「初めて唐果物をいただいた時、世の中にこれほどうまいものがあるのかと思い、毎日でも食べたいと思ったものです」
と、語る場面があった。当時の人にとってみれば、蕩けるようなスイーツだったのかもしれない。
食べ終わった後、指先に、お香の清らかな匂いがかすかに残った。
© 2003-2012 Noriko Morishita, KAJIWARA INC.