身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子

2013年9月―NO.127

予定調和に流れがちな味に、意外性の一石を投じた確信犯的な料理かもしれぬ。

小袖屋の「久慈まめぶ汁」


 

「あまちゃん」が終わってしまった……。ファンの間では、BSで朝七時三十分から放送していた「あまちゃん」のことを「早あま」、八時からの放送は「朝あま」または「本あま」、十二時四十五分からの再放送を「昼あま」、BSの夜十一時からのは「夜あま」、そして、土曜朝九時半から一週間分まとめて再放送していたのを「週あま」と呼ぶそうで、土曜日には何と一日五回「あまちゃん」を見ていた人もいるそうだ。
私は出遅れたが、友だちや従妹の「あまちゃん、見てる?」という声に押されて、五週目から見始めた。ちょうど、種市先輩が登場したあたりである。それ以後、「朝あま」に間に合うよう、二度寝をせずにちゃんと目を覚まし、テレビの前に座るのが習慣になった。「あまちゃん」の後は「あさイチ」に流れ込み、イノッチこと井ノ原快彦と有働由美子アナが、今見たばかりのホヤホヤの感想を生で語り合うのを見て、感想を共有するのを楽しみにしていた。
「あまちゃん」で一日が始まると、生活にリズムができる。午前中は家事や仕事をこなし、昼食を作って、それを食べながら十二時四十五分から「昼あま」を見る。それが終わった直後の画面に映る一時のニュースの高瀬耕三アナの目に、今しがたまで「あまちゃん」に浸っていた余韻が隠しようもなく浮かんでいるのも、また好きだった。
「あまちゃん」は女三代の物語だったし、母娘の葛藤がテーマであり、都会と田舎の物語でもあった。夏ばっぱ(宮本信子)と娘の春子(小泉今日子)の関係は冷ややかで、何かこじれにこじれた確執があるようだったが、物語が進むに連れてその過去が解き明かされ、二十数年ぶりにやっと母娘が和解し合う場面は、「朝あま」「昼あま」「夜あま」と三回見たが、見るたびグッと来た。
毎日「あまちゃん」の画面の隅々に散りばめられている凝った小道具や仕掛けを発見して楽しみ、俳優たちのキャラクターに笑いと元気をもらった半年だった。ミズタクこと水口さん、プロデューサー太巻、琥珀の勉さん、弥生さん、大吉さん、副駅長の吉田君と、みんな粒だって光っていたが、私が特に気にいっていたのは、片桐はいり演じる安部ちゃん。
小袖屋の「久慈まめぶ汁」
小袖屋の「久慈まめぶ汁」
「東京編」で、寒風に吹きさらされながら、
「そばですか、うどんですか、まめぶですか」
と、懸命に屋台で売る姿が好きだった。
「まめぶ汁」は久慈市山形町の一部の集落だけに伝わる伝統料理だそうで、同じ岩手県内で聞いても、
「『あまちゃん』で初めて知った」
という人がほとんどのマイナーな郷土食だ。
「まさか、まめぶがケバブに負けるなんて」
と、安部ちゃんが悔し涙にくれる場面があったが、確かにトルコ料理のケバブの方がはるかにメジャーである。
私は画面にちょくちょく映る南部鉄器の鍋の中の具だくさんの汁と、
「甘いんだか、しょっぱいんだか……」
「この団子がなければ、けんちん汁だ」
という会話から、何となく味を想像するのだが、何と言っても、主人公アキの、
「決してうまぐはねえ。でも、そこがいい。うめえだけのもんなら東京には何でもあるが、これはうまぐもねえのに食いたぐなる」
というセリフが妙に心にひっかかって、是非とも食べてみたいのである。
和グルミ
和グルミ
小袖屋の「久慈まめぶ汁」
小袖屋の「久慈まめぶ汁」
 そんなある日、横浜タカシマヤの「大東北展」のチラシを見ていたら「久慈まめぶ汁」という文字が目に飛び込んできた。私はチラシを握りしめ、「大東北展」の初日に出かけた。
「あまちゃん」のテーマ曲がにぎやかに流れる会場は、威勢のいい売り声と買い物客でごった返していた。人をかき分け探し歩いたが「まめぶ汁」がさっぱり見当たらない。売り場の人に尋ねると、「完売しました」という返事が返って来た。
「えっ、もう?」
「十時に開店して、十時十五分には完売しました」
実は、数日前、日本橋タカシマヤで開かれた「大東北展」では、限定二百食だった「まめぶ汁」にドッと人が押し掛け、急遽五百食に増やしたけれど即日完売したということだった。
翌日、私は開店前から横浜タカシマヤの前に立った。十時が近づくと、続々と人が集まって、開店と同時にどっとなだれ込み、八階催物会場に向かうエレベーターは満員だった。ドアが開くなり、客がぞろぞろと走って行く先に小袖屋がある。私も行列の先頭近くに並び、無事「久慈まめぶ汁」を入手することができた。
箱の中にはレトルトの袋と、真空パックの白玉団子のような「まめぶ」が三粒入っていた。さっそく温めてお椀によそう……。
にんじん、ごぼう、きのこ、焼き豆腐、かんぴょうなどが入った具だくさんの汁は、どう見ても「けんちん汁」である。が、そこに白玉のような団子が浮かんでいる。食べてみると、食感は「すいとん」に近い。ところが、団子の中から、くるみの歯触りと、ほのかに苦甘いような黒砂糖の味がする。箸を止め、
(これは一体、どうしたかったんだろう?)
と、考える。つゆの中に間違えてデザートを落としたような不統一感もあるが、ひょっとすると、予定調和に流れがちな味に、意外性の一石を投じた確信犯的な料理かもしれぬ。
ともあれ、「まめぶ汁」がこんなに有名になって、安部ちゃんはさぞかし喜んでいるだろう。

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