2014年4月―NO.134
串に四つ刺さった扁平な餅の、柔らかそうな艶肌……。
生醤油をつけて焼いた茶色い焦げ目。
そして、見るからにあっさりとした漉し餡の、美しい淡い紫……。
羽二重団子の「羽二重団子」
ツツジ |
千代田線・根津の駅を出ると、不忍通り沿いの商店街に「つつじ祭」ののぼりがはためいていた。ぞろぞろと流れていく人に押されながら路地を曲がると、間もなく「根津神社」の真っ赤な鳥居が見えてくる。
池の中の岩に、亀が上がって甲羅を干している。まだゴールデンウィーク前だというのに、今日は初夏の陽気だ。玉砂利を敷き詰めた境内の中へ入っていくと、もう左の斜面が、赤やピンクで埋まり、賑々しい色の絨毯に見える。こんもりと丸く刈りそろえたツツジの低木が、吹き出した花々で、まるでくす玉のようだ。色とりどりのくす玉が、ひな壇を所狭しと埋め尽くす。
いったい何百種類の花があるのだろう。血のような赤、なまめかしい桃色、あでやかな蘇芳色、すがすがしい純白、燃えるような真紅……。ツツジは自己顕示欲の強い花だ。
「あたしよ、あたし」
「こっちを見てよ」
と、妍を競い合っている。
薬玉の列の向こうには、また薬玉の列がずらーっと居並び、丘の遥か向こうまで舐めるように色が続く。延々と続くツツジの中を歩いていると、色の覇気にあてられて、眩暈を覚える。
お煎茶 |
この季節のことを、
「ツツジの花が、狂った女郎の長襦袢みたいになると……」
と、形容したのは、エッセイストの佐野洋子さんだった。一体、どの本の、どのエッセイの中にあったのか、この欄を書くために、先日から探しているのだが、どうしても見つからない。だから、一言一句正確かどうかはわからないが、ここは自分の心に焼き付いたイメージを大事にしようと思う。
ともあれ、咲き乱れるツツジの鮮烈さをとらえたこの表現に私は心を射ぬかれた。以来、毎年ゴールデンウィークが近づいて、ツツジがその性のままに吹き出す季節になると、あの「狂った女郎の長襦袢」という一文が、頭の中をぐるぐるとめぐる。そして私は、怖いもの見たさのような感情に突き動かされ、わざわざツツジの狂いっぷりを確かめに、あちらこちらのツツジの名所を見に出かけるのである。
箱根の山のホテル、蓬莱苑、六義園などのツツジも見に行った。だけど、この根津神社のツツジに息づまるような独特の美しさを感じるのは、江戸や明治の匂いが、あちこちに残っているこの町の空気のせいかもしれない。
数年前、境内の屋台で、ニセモノくさい骨董品などを眺め、トンネルのように延々と続く赤い千本鳥居をくぐり抜けながら、何気なく斜面を埋め尽くして咲き誇る赤やピンクのツツジのくす玉を見渡したら、時代劇でよく見る吉原の張り見世を思い出した。赤い格子の向こうに、着飾った女たちがぎっしり並んでいた。
羽二重団子の「羽二重団子」 |
根津でツツジに酔った後は、不忍通りに戻って、植木屋や陶器屋などをのぞきながら千駄木方面へ歩き、団子坂下から谷中へとぶらぶら歩く。谷中銀座で今夜のお総菜を買ったり、小物屋をのぞいたりしながら、夕焼けだんだんを上がり、日暮里駅へ向かう。だけど、まだ電車には乗らない。
そろそろお腹もすいてきた。目指すは、駅の向こう側の根岸・芋坂。
平べったくて、真ん中が少しくぼんだ「羽二重団子」の焼き団子が目に浮かび、思わず鼻先に、焦げた生醤油の香ばしさが過ったような気がする。
餡団子がまたうまい。渋抜きしたこし餡の、サラッとしたきめの細かさが、まるで上等なココアのように舌に消えていく。
文政二年創業の老舗「羽二重団子」の本店の角には、柳がたわわに揺れている。ふだんはデパ地下の銘菓コーナーで箱入りのを買うが、根津神社のツツジを見に来た後は、本店で作りたてをいただくことにしている。
「羽二重」というのれんをくぐって店に入ると、ぷーんと醤油の香ばしい匂いがして、大きなガラス戸の向こうの日本庭園が目に飛び込んできた。緑の中に石灯籠が見え、滝が流れ、池に鯉が泳いでいる。JR日暮里駅からほど近いのに、この店の中では、時間がゆったりと流れ、昔ながらの団子屋のくつろいだ雰囲気がする。
中庭に面したテーブル席に、お煎茶と、焼き団子、餡団子が一串ずつのセットが運ばれてきた。
「うわぁ〜、おいしそう」
思わず声が出た。串に四つ刺さった扁平な餅の、柔らかそうな艶肌……。生醤油をつけて焼いた茶色い焦げ目。
そして、見るからにあっさりとした漉し餡の、美しい淡い紫……。
私は焼き団子の串を手にとって、口に運んだ。それは耳たぶのように柔らかく、それでいてシコシコとコシがある。ぷうんと漂う、生醤油の香りが、もうたまらない。
煎茶を一口飲んで、今度は餡団子を口に運んだ。大人のココアを思わせるような上等な豆の風味と舌触りが口の中に広がり、品のいい甘さがサーっと引いていく。その優しい後味が、いつまでも心に残ってたまらない。
お土産に箱入りを買い、店を出た。日暮里駅に向かって歩く道沿いに、真っ赤なツツジが燃えるように咲いていた。
© 2003-2014 Noriko Morishita, KAJIWARA INC.