2014年12月―NO.142
ギュッと詰まった濃厚なうまみと、香辛料のバランスに、
なんだか本格的なヨーロッパの味がする。
シュマンケルステューベの「レバーペースト」
女子大時代の同窓生とランチパーティーをしようということになり、ある日、四、五人でワインや食べ物を持ち寄って、一人の同窓生の家に集まった。女子会は楽しい。大学時代にはそれほど親密な付き合いがなかった人とも、同じ場所で、同じ匂いの空気を吸って青春時代を過ごした……もうそれだけで気の置けない仲間である。
三十六年前、私たちが卒業した年も「氷河期」と言われたほどの就職難だった。いきなり現実の厳しさにさらされた。まるで桜の花びらが嵐に吹き飛ばされるようにバラバラに散って社会に出、ほとんど交流がないまま三十代、四十代を過ごした。
たまに声を掛け合い、集まるようになったのは、五十を過ぎてからだ。三十数年ぶりに会って顔を見交わすと、そこに、それぞれの年輪が刻まれて、お互い、年齢相応に貫禄の付いた女になっていた……。長い旅路には、順風満帆な時も波瀾万丈な時もある。いろんなことがあって、ひと山もふた山も越えて、この年になったという感慨があった。
それなのに、二言三言しゃべり、わっと大笑いした途端、たちどころに二十歳の頃の気持ちに立ち戻れる。その時、言葉にして、
(ここが故郷(ふるさと)だ……)
と、思った。故郷とは、一緒に笑った懐かしい顔の中にあるのだ。無理しなくていい。自分を格好よく見せようとしなくていい。社会に出れば、「勝った」「負けた」と、パワーゲームに巻き込まれるが、懐かしい仲間とは、装わずに会いたい。へこんだ時にはへこんだまま、疲れた時には疲れたままの自分を引っ提げて会いに行く……。
テーブルの上は、みんなが持ち寄った食べ物でいっぱいだった。サラダ、海苔巻、ローストビーフ、カマンベールチーズ、バゲット、クリームチーズ、キッシュ、生ハム、から揚げ、マリネ、ドライフルーツ、お稲荷さん、ケーキと和菓子。そしてワイン、ワイン、ワイン……。
飲みつつ食べ、食べつつしゃべった。五十代の女子の話題は、更年期、わが子の結婚、親の病気や介護、脱原発、少子化問題、年金不安、エコロジー、拉致問題……と多様だ。
「これ、いい味よ。食べてみて」
「どれどれ?」
「だからさ、再稼働して、また大きな地震が来たらどうするの」
「利権だよね」
「……ほんとだ。癖がなくて食べやすい」
ワインとチーズと原発が、海苔巻と和菓子と年金不安が、ごちゃ混ぜになる。
シュマンケルステューベの「レバーペースト」 |
「これ、おいしい!」
と、感動した食べ物がある。まるでツナ缶か、太い魚肉ソーセージをぶつ切りにしたような断面。しかし、ナイフの先で触ると、意外にもバターの様に軽くなめらかである。それを一すくいして、バゲットにディップのように撫でつけて食べる。
バリバリバリ……。
香ばしいバゲットの皮がはじけて頭蓋内に響き、同時に、豚肉の濃厚なうまみが驚くほどのなめらかな舌触りで侵入してくる。
(なんだろう?)
馴染みのない食べ物だった。一瞬、豚肉の生臭さが来るかと思うが、それをハーブや香辛料の刺激が複雑に混じり合って打ち消し、食べたことのない大人っぽい風味が口いっぱいに広がり鼻に抜けていく。
「これ、何?」
「レバーペーストよ」
「レバー?」
シュマンケルステューベの「レバーペースト」 |
(レバーって、こんなにおいしいものだったのか……)
と、驚いた。この年になってもまだ、新しく出会う味があるのだ。
「おいしいでしょ。これはどこへ持って行ってもすごく喜ばれるのよ」
持ってきたM子さんは、嬉しそうに自信をのぞかせた。
その店の名は、「シュマンケルステューベ」。何回読んでも覚えられないが、ドイツ語で「うまいものの店」という意味だという。
ある日、別のパーティーにあのレバーペーストを持参したくて、渋谷駅のデパ地下「東急フードショー」にあるその店に買いに行った。小さな店のガラスケースの中には太い棒状のソーセージ、生ハム、ゼリー寄せなどが並んでいたが、レバーペーストが見当たらない。お店の人に尋ねると、「これです」と、籠の中にアルミホイルで包まれた塊がころがっているのを出してくれた。
「三種類あります。プレーンと、お肉の塊が入ったのと、ハーブが入ってるの……」
ハーブ入りのは「農家のレバーブルスト」という。おにぎりくらいの塊を一つ買った。
「おいくらですか?」
その値段を耳にした時、私は思わず「えっ?」と何度か聞き返した。百グラム二九四円。塊一つ、三百円〜四百円。今の時代にも、本当においしくて、驚くほど安いものがあるのだ。
© 2003-2014 Noriko Morishita, KAJIWARA INC.