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2017年7月―NO.172

具のない素まんじゅうに味噌だれ。
この素朴極まる郷土食の、たまらない滋味と優しさ!

ほたかやの「焼きまんじゅう」

「もしも明日死ぬとしたら、最後の晩餐に何を食べますか」
 というのは、食べものに関する質問の定番である。私も幾度か人に尋ねたし、逆に、聞かれたこともある。だけど、決定的な答えは、まだ見つけていない……。
 ある日は、「塩鮭のカマとお茶漬け」が、いいんじゃないかと思った。子どもの頃、ある土曜の昼下がり、学校から帰って、家で食べた組み合わせだ。塩鮭のカマの脂と塩辛さが、お茶漬けのさっぱり感と組み合わさり、そこに土曜の午後の解放感と、これから何をして遊ぼうかという浮き立つ気分が加わって、最高に幸せな味がした。「最後の晩餐」には、あれをもう一回、味わいたい。
 でも、ラーメンも捨てがたい。昔、母がよく作ってくれた手製のラーメンがいいな。牛と豚の合い挽き肉を、醤油で煮つめたものが、わが家の冷蔵庫にはいつもストックしてあった。それを丼に少し入れて熱湯で伸ばし、スープにする。市販の乾麺を大鍋で茹で、チャッチャと湯切りをしてからスープに入れ、焼豚とシナチクと茹で卵をトッピングして、ネギを散らして出来上がり。遊びに来る若い叔母たちも、当時二階に下宿していた大学生さんたちも、みんなこのラーメンが好きで、よく母が大量に作って、一緒に啜った。あれを最後に啜るのもいい。
 いや、ざるそばという手もある。でも、卵かけごはんも食べたい……と、次々に思い浮かび、なかなか「最後の晩餐」を一つに絞り切れなかったのだ。
 しかし最近、究極の一品に思い当たった。
「味噌を塗って焼いたおにぎり」これである。
 おにぎりの具は、なし。表面に味噌を塗りつけ、それを網に載せて軽く焦げ目が付くくらいに焼いて、さらに味噌を塗る。
 味噌に醤油やみりんを練り合わせてから塗る人もいるようだが、わが家はあくまで「味噌一色」。丁度いい焦げ色になるまで、塗っては焼くを繰り返して出来上がり。あまり焼き過ぎると、ご飯が固くなって、消化が悪くなるので、そこは適当に……。
 この素朴そのものの焼きおにぎりの、炙られた味噌の香ばしさを嗅ぎ、そのいかにもおいしそうな焦げ目を見ると、全身の細胞から、一斉に歓喜が沸き上がるような気がするのは、私の体に流れる農耕民族のDNAのせいかもしれない。焼きたてにかぶりつき、「あち、あち」と言いながら、はふはふ頬張る。
 母方の祖母も、この香りに目がなかった。
「風邪なんか、味噌付けた焼きおにぎりさえ食べれば治る」
 と、言っていた。その気持ち、私にはよくわかる。風邪のひきはじめや頭痛のする時など、「味噌焼きおにぎり」を食べると、焦げた味噌の香ばしさと味に、身も心もほどけるように安らいで、急に眠くなる。そのままぐっすり眠れば、目覚めた時は回復している。つまり、「味噌焼きおにぎり」は、わがソウルフードなのである。


このおこげ・・・。
 さて、梅雨入り前だったか、テレビで嵐の櫻井翔くんの麒麟一番搾りのコマーシャルが流れていた。片手にビール、そして、もう一方の手に、串団子のようなものを豪快に掲げ持っているのだが、その団子が妙に大きく見える……。そう、思った途端、
「群馬の焼きまんじゅう!」
 と、彼は叫んだ。
(へ~、焼きまんじゅう?)
 その時、私は「焼きまんじゅう」なるものの存在を初めて知った。
 見かけは、まるで大きなみたらし団子である。蒸したまんじゅうを串に刺し、それに甘辛い味噌だれをつけ、焼き鳥のように焼き焦がしながら、味噌だれをしみこませた群馬の郷土食だという。
 櫻井くんが焼きまんじゅうにかぶりつく。味噌だれの浸みたまんじゅうが、一瞬、パンのようにふわふわに見え、私の鼻の奥に、味噌の焦げた甘辛い香りがぷーんと漂った。

アップ
 蒸しまんじゅうの中は、餡子が入ったものも一部にはあるが、具のないものが一般的だという……。つまり、これは「味噌焼きおにぎり」のまんじゅう版ではないか!
 そう思うと、ふわふわの蒸しまんじゅうの食感や、焼き焦げた味噌の風味を(こんなかな? あんなかな?)と、妄想せずにいられなくなり、私はゴクリと唾を飲んだ。
「焼きまんじゅうを食べに、群馬に行くか」
 そう思って、ネットを調べていた時、「ほたかや」という店が、横浜市内の百貨店の催事で実演販売することを知った。
 七月初め、その百貨店の地下に、焼き鳥屋に似た屋台が出ていた。串に刺した四つのまんじゅうが、焼いては味噌だれを塗り、塗っては焼くの繰り返しで、あたり一帯にえもいわれぬ香ばしさが漂っていた。

もっとアップ
「櫻井翔くんがCMで食べてますよね」
「うん、彼、群馬の出身だから。御祖父さんの代からね」
 おじさんは、まんじゅうを裏返しながら、自慢げに言った。
 焼き立てを、一串買って食べてみた。
「……おおっ!」
 具のない素まんじゅうに味噌だれ。この素朴極まる郷土食の、たまらない滋味と優しさ! 大きな串一本、軽くペロッと平らげられ、それでもお腹が重くならない。そして、体か心か、どこか崩れかけたバランスが、整う気がする……。そうか、ソウルフードって、そういうものなのか!

ほたかやのホームページ