2017年9月―NO.174
気持ちよいほど軽やかな「豆」の食感と甘さに、
次から次へと手が止まらない。
ハトマメ屋の「金トキ豆」、「そばこ豆」
七月の九州北部豪雨で特に被害の大きかった福岡県朝倉市に、ボランティア活動に行ってきたという女性から、先日、
「朝倉市のお菓子です」
と、お土産をいただいた。
手に取ってみると、それは何とも素朴な、手作り感溢れる懐かしい風情だった。パリパリとした薄い紙で、昔話でおなじみの金太郎の顔が描かれている。その素朴な味わいに、ふと、ある店を思い出した。
子どものころ、近所の商店街にあった駄菓子屋だ。その駄菓子屋は、おばあさんが一人でやっている小さな店だった。色鮮やかな花火や紙風船、メンコ、飴玉、バブルガム。オレンジ色をした大きなペッチャンコのイカゲソ煎餅などで、その小さな店先はいつも満艦飾だった。私はそこでよく、チューブに入ったチョコレートや、小学校で流行っていた「リリアン編み」の小さなピンクの編み機を買った。もしかしたら、こういう豆菓子をその店で買ったのかもしれない……。
さて、金太郎の顔が描かれた三角の紙包みは、軽くて、振ると中でサクサクと音がした。赤い金太郎の袋には、「金トキ豆」。緑の金太郎には「そばこ豆」と書いてある。
ハトマメ屋の「金トキ豆」 |
「カリッ!」
乾いた音が頭蓋内に小気味よく響いて、口の中に広がった優しい甘みの懐かしさに、ハッとした。
「これ、おいしい!」
カリッ、カリッ、カリッ……。
気持ちよいほど軽やかな「豆」の食感と甘さに、次から次へと手が止まらない。
やがて、豆に混ざって、二つに折りたたまれた小さな紙入れが出てきた。豆を齧りながら広げてみると「大吉」。おみくじである。その内容を読んでみると、
「うれしいことばに えだしださかえ
ほんにいろよい はなざかり」
「色よい花盛り」というから、なんだか心が浮き立つ。
あっという間に一袋食べ終わり、金太郎の紙袋をしみじみと眺めた。そこに「ハトマメ屋」という店名が書いてある。原材料を読んだ。
「国産小麦粉、さとう、膨張剤」
驚いたことに、どこにも「豆」が書いていない。金トキ豆は、豆ではなかったのだ……。
ハトマメ屋の創業は明治十八年。
「子どもたちにひもじい思いをさせないように」
と、初代がこのお菓子を考案し、当時は「人造豆」とか「筑前美人豆」と呼ばれていたという。その製法は、小麦粉を砂糖水で練った生地を伸ばしてサイコロ状に切り、丸めながら焼き上げる。その後、機械で回し焼きながら砂糖蜜をしみこませるのだという。輸入物の小麦粉ではうまく丸まらず、福岡県筑後産の小麦粉を使っているそうだ。
その後、二代目が戦争の体験から、
「みんながお菓子を食べられないような世の中にしてはならない」
という思いから、いつまでも平和であってほしいという願いを込め、「ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ……」の歌詞から、「ハトマメ」という名をつけたそうだ。
そして、三代目がハトマメを金太郎の小袋に詰め、おみくじを入れた。今も、ハトマメの製法は昔のままで、この小袋も、小麦粉と水で炊いた糊で、手作業で貼り付けているという。この素朴さは、やはり手作りの味から生まれていたのだ。
ハトマメ屋の「そばこ豆」 |
摘まんで口に入れる。
コリっ!
先ほどとは味が違う。これがまた、そば粉の香りと、胡麻の風味をほのかに感じ、実にうまい。「そばこ豆」という名も、原材料も知らなかったら、疑いなく「豆」と思うだろう。
「シアワセ ヨシ」というおみくじが出た。その詞を読んでみると、
「よするにんきの なみにぎやかく
きょうもいりくる たからぶね」
何だか、華やかで景気がいい。
その後、小袋を開けては、ポリポリ齧りながらおみくじを広げた。
「トツクリ トシアン」
というおみくじには、こんな詞がついていた。
「はなのいろかに まよいができて
みちをわするる よしのやま」
色香に惑わされると道に迷うことになるから、とっくりと思案、つまり、立ち止まってよく考えてみろ、ということだろう。都々逸みたいで、ちょっと色っぽい。
おみくじには四十二種類あるというから、素朴な郷土菓子の味と共に、都々逸風のおみくじも楽しめる。