森下典子 エッセイ

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2003年6月―NO.9

  


驚きだった
こんな水羊羹、初めてだった
やられた!というか、
もう、たまらないのである
たねやの「本生水羊羹」







あじさい
(画:森下典子)

 たねやの「本生水羊羹」……。私は、これを口にすると、
(しどけない女に懐に飛び込まれた男の人って、こんな気持ちかもしれない)
 と、思ったりする。やられた!というか、もう、たまらないのである。
 初めて、「本生水羊羹」を食べたのは、2年前の夏。親戚が手土産に持ってきてくれた。私は、もともと水羊羹が好きだが、「本生」と、ただの水羊羹がどう違うかなんて、知らなかったし、「ビールは『生』。ワサビも『本生』に限るね」というほどの通でもない。
「ねえ、いただいた水羊羹で、お茶飲まない?」  母に言われて箱をあけたのは、親戚が帰った翌日だった。中には、長さ20センチほどのビニールの角筒に入った水羊羹が三本並んでいた。心太の筒を思い出した。
「あら、これ、自分で切り分けるのね」
 などと、言いながら、
「鈴鹿山系より湧き出る冷水を使用」
 という能書きを、チラッと見た。
 筒の端のキャップをはずすと、ビニールの封が張られていた。それをペリペリはがす。たちまち水がしたたった。
 まだ水羊羹は出てこない。筒の反対端の底に、ビニールの小さな突起が二つついていた。それを指で押し倒し、小さな空気穴を二つあける。「ぷっちんプリン」の要領である。さらに、真空状態の筒と羊羹の隙間に、ナイフの切先をスーッと滑り込ませ、空気を通してやる。すると、船の進水式のように、静かに水羊羹が動き出し、筒から顔を出してきた。そして、途中で止まらず、ずるずるーっと、全部出そうになった。

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