森下典子 エッセイ

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2003年6月―NO.9

  


驚きだった
こんな水羊羹、初めてだった
やられた!というか、
もう、たまらないのである
たねやの「本生水羊羹」









お茶
(画:森下典子)

 ある日、デパ地下を歩いていて、「たねや」の前を通りかかった。大きな白木の桶に、ぶっかき氷が入っていて、そこにまるでワインみたいに「本生水羊羹」の筒が、突っ込んで冷してあり、紫陽花の花が一枝、添えられていた。
 私は前を歩いていた友達の肩を叩いた。
「ねえ、この本生水羊羹、食べたことある?」
「ううん」
「それじゃ、食べてごらんよ」
 私はつとめてさりげなく言った。余計なことは言わない方が、歓びが大きい。
「ふ〜ん、そうお?」
 彼女は、言われるがまま、さしたる期待もなさそうに、1本買って帰った。
 翌日、彼女から電話がかかってきた。
「ちょっとちょっと、あの水羊羹、すごいわよ。なに?あの、とけちゃう感じ」
「でしょ?」
「あの水羊羹、人をたらしこむわよ」
 不思議なことに、彼女もこの水羊羹を「女」にたとえた。
「なんだかさー、年若い女に溺れちゃう男の気持ちがわかるってゆーか、こんな女に会ったら、男なんて、赤子の手をひねるように、いちころだよねぇ」
「寒天の量の加減かしらねぇ。やっと固体として立ってるみたいなねぇ」
「それが、もう一気にトローッと……あの甘さ!」
 私たちは、まるで永井荷風と渡辺淳一が「女」について語るように、微に入り細にわたって、水羊羹について語った。
 その後、私は是非ともお近づきになりたい人には、「本生水羊羹」を送るようになった。 去年の夏、ある講演会で、若くハンサムな大学の先生にお世話になった。私は礼状を添えて、その方に、「本生水羊羹」を送った。後日、頂戴したお葉書に、こう書いてあった。
  「水羊羹、ありがたく拝受しました。一口食べて、ハッとしました。僕の水羊羹観は、変わりました」  うふふふ。首尾は上々……。

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