身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
|
|||||
2004年1月―NO.16 | |||||
思い焦がれた「花びら餅」は、まさに想像したとおりの味がした | |||||
| |||||
「ねえ、花びら餅って、どこかで売ってない?和宮の小説に出てくるのよ」 と、母に訊いた。娘の浮世離れした質問に、母はため息まじりに言った。 「さぁ、知らないねぇ〜」 次の正月。私はデパートの「とらや」のショーケースの中に、それを見つけて飛び上がった。 「あった! 花びら餅だ!」 一目でわかった。目に見るのは初めてだが、頭の中では見たことがある。小説では、紅白の餅を重ね、自分で白味噌餡と牛蒡をはさみ、二つに折るのだったが、とらやのは、もうできあがった姿だった。白い餅の半月の両端から、牛蒡がはみ出てのぞいている。 買って帰り、食べる前に、二つに折られた餅を、そっと広げて中をのぞいてみた。すると、黄色い餡の下に、小豆の赤紫色をした菱形の餅が、ちゃんと重なっている。 「わぁー、本の通りだ……」 なんだか嬉しかった。 再び二つ折りし、いよいよ口に入れた。柔らかく薄甘い餅の皮が破れ、中から、ぶにゅっと味噌の香りの餡が出て、餡と餅の間で、ザクザクと牛蒡の小気味いい歯ごたえがした。 (あぁ!この味……) 思い焦がれた「花びら餅」は、まさに想像したとおりの味がした。私はその時、「満足」とは、こういうことをいうのだと思った。 | |||||
Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved |