身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年3月―NO.18
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幸せって、こんなところにあったのか!
幸せって、メロンパンの表面に薄く塗られていたのだ

山崎製パンの「メロンパン」


菜の花
菜の花
(画:森下典子)

 あれは、父が胃潰瘍の大手術をして入院していた時のことだ。病院に立派な果物の籠が届いた。その籠の真ん中に、林檎やバナナを従えて、大玉のメロンが鎮座していた。私が本物のマスクメロンを見たのはそれが初めてだった。表面には細かい網目模様があって、頭のてっぺんには、「T」字型に切られた蔓が、王冠みたいに付いていた。
「家に持って帰って、みんなで食べなさい」
 と、父が白いベッドの中で言い、見舞いに来た親戚や母などと、家で切り分けて食べた。柔らかく熟れたみずみずしい黄緑色の果肉の味に、私は目くるめいた。カスタードクリームやアイスクリームよりもいい匂いだった。
(世の中には、こんなにおいしいものがあるのか!)
 私は、スプーンでぎりぎりまで身を削いで食べ、スプーンで削げなくなると、最後は手でゴンドラ型の皮をベロンと裏返して、前歯でこそいだ。
「典子、やめなさいってば。そんなに薄くすると、恥ずかしくて、皮が捨てられなくなっちゃうじゃない」
 と、親戚や母が笑った。
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