身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年12月―NO.27
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強く甘い果物の精のような香りが、ゆらりと鼻に抜けた。
くらっとするようないい香りだった

不二家の「サバラン」


不二家の「サバラン」
不二家の「サバラン」
(画:森下典子)

「『サバラン』だ!」
 それは私が中学生のある日、母が不二家から買ってきた「おやつ」だった。
 それまで、不二家といえば、買ってくるのはいつも「アップルパイ」か「イチゴのショートケーキ」だった母が、その日、こう言ったのだ。
「サバランがあったのよ。これ、すっごくおいしいんだから」
「サバラン?」
 その名は、私が初めて耳にするものだったが、母は、前からよく知っている口ぶりである。わが母の口から、知らない外国の菓子の名前が出るなんて、意外だった。
(お母さんは、いつ、そんな気取った名前のお菓子を知ったんだろう?)
 その謎のせいだろうか、私は「サバラン」という洋菓子に、フランスの女優のような大人っぽいイメージを抱いた。
 不二家の箱から出てきたのは、クリームが挟まった茶色いケーキだった。チョコレートやフルーツなどの華やかな飾りもなかった。プラスチックのカップに入っていて、そのカップの底に、水のようなものが溜まっていた。
 そのケーキに、フォークを刺した途端、じゅわーっと水がしたたり出た。
「うわ!」
 ケーキのスポンジは、しっとりと濡れていた。その濡れた一片を、フォークに乗せ、そっと口に入れた。
「……」
 水じゃない!と、思った瞬間、口の中に何かが「むわ〜っ」と広がった。強く甘い果物の精のような香りが、ゆらりと鼻に抜けた。くらっとするようないい香りだった。
「お酒が入ってるんだよ」
 母が言った。
 私は子供の頃から、父のお酒を時々なめたが、そのたびに、こんなまずいものを大人はなぜ喜んで飲むんだろうと解せなかった。しかし、サバランの最初の一口で、私は酒の「調味料」としての「味」を知った。
(これがお酒というものか……)
 大人たちが酒に夢中になる理由は、この「サバラン」の味の延長線上にある。だから自分もいずれ、酒が好きになるのだろうという予感がした。
 ラム酒とグラン・マニエの入った、とろりと甘いシロップを、スポンジにひたひたにしみこませた「サバラン」は、いわば「食べるお酒」だった。
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