身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2005年2月―NO.29
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スカスカの頼りなさが愛しくて愛しくて、
思い余って、いじめてやりたいような妙な心境になる

ミスタードーナッツの「フレンチクルーラー」


コーヒー
コーヒー
(画:森下典子)

 私は、シュークリームの中にいっぱい詰まったカスタードクリームよりも、シュー皮そのものが好きだったのだ。膨らみそこねたシュー皮は、そのまま食べると、さっくりとして香ばしく、実におつな味がした。
 皮の表はキツネ色で、カラッとしているけれど、食べると皮の内側は半生っぽい黄色で、スカスカとレンコンみたいに穴があいている。だから齧った途端、パフッと肩すかしを食ったような食感がする。この「肩すかし」の軽さがうまいのだ。
 パフッ、パフッ、パフッ……。
 空気を食べているようなものだから、いくら食べてもお腹がもたれることがなく、さっくりとした歯ごたえと、キツネ色の香ばしさがいつまでも続くのである。
 後年、大人になってから、「尼さんのオナラ」(ぺ・ド・ノンヌ)という名前のフランス菓子があるということを聞いた。まだ食べたことはないが、なんでも、一口大の中身の入っていないシュークリームの皮を油で揚げた菓子だという。齧ると、パフッとする。だから「尼さんのオナラ」……。この話を聞いたとき私は、空っぽのシュー皮の、空気を食べるような軽さを、「うまい」と感じる人々が、フランスにもいるんだなぁ〜と、えらく共感を覚えた。
 さて、やがて母は、シュー皮を膨らませるコツをつかみ、シュークリーム作りに失敗しなくなった。
「さぁ、今日も完璧にできたわよ!」
 成功したシュークリームもおいしかった。けれど、私は失敗したシュー皮の味がどうしても忘れられなかった。
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