身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年4月―NO.42
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横浜・馬車道の交差点に立ったら、
きっと食べたいものは、 おいなりさんに変わる……

泉平の「まぜ」


泉平店舗
いなりの泉平店舗
(画:森下典子)

 そこに立つと、食べたいものが変わってしまう不思議な場所がある。私にとっては、横浜・馬車道の交差点がそうだ。……。
 たとえば、ある日の午後である。私は伊勢佐木町の書店で本を買った帰りに、「カレーミュージアム」の前を通りかかった。
(あ、なんだかカレーが食べたいな……)
 いったんそうなると、あたかもカレーのスパイシーな香りがあたりにぷんぷん匂うような気分になる。
(そうだ、今夜はなにがなんでもカレーを食べるぞ!)
 と、心に決め、
(カレー、カレー)
 と、思いながら歩いて、馬車道の交差点に差しかかり、そこで信号待ちをした……。
ふと前を見ると、交差点の向こう、ビルとビルの間に挟まれた角地に、小さな売店が見える。ビルの裏側が雑然と見えて、一見、工事中の「仮店舗」のような佇まいであるが、工事中ではない。もう何年間も、この店舗のまま営業しているのだ。
 大通りのこっち側から、この小さな店はやけに目をひく。店の規模の割に、デカい看板がついている。
「創業天保10年(1839年) いなりの泉平」
 看板の色は、歌舞伎風の渋い緑……。横浜育ちの私が、物心付く前から慣れ親しんでいる「泉平」のいなりずしの箱の色である。
「………」
 信号の色が青になった。通りを渡った私は、気が付くと、渋い緑色の箱をぶらさげて家に帰ることになるのだ。

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