横浜・馬車道の交差点に立ったら、 きっと食べたいものは、 おいなりさんに変わる…… 泉平の「まぜ」
いなりの泉平店舗 (画:森下典子)
そこに立つと、食べたいものが変わってしまう不思議な場所がある。私にとっては、横浜・馬車道の交差点がそうだ。……。 たとえば、ある日の午後である。私は伊勢佐木町の書店で本を買った帰りに、「カレーミュージアム」の前を通りかかった。 (あ、なんだかカレーが食べたいな……) いったんそうなると、あたかもカレーのスパイシーな香りがあたりにぷんぷん匂うような気分になる。 (そうだ、今夜はなにがなんでもカレーを食べるぞ!) と、心に決め、 (カレー、カレー) と、思いながら歩いて、馬車道の交差点に差しかかり、そこで信号待ちをした……。 ふと前を見ると、交差点の向こう、ビルとビルの間に挟まれた角地に、小さな売店が見える。ビルの裏側が雑然と見えて、一見、工事中の「仮店舗」のような佇まいであるが、工事中ではない。もう何年間も、この店舗のまま営業しているのだ。 大通りのこっち側から、この小さな店はやけに目をひく。店の規模の割に、デカい看板がついている。 「創業天保10年(1839年) いなりの泉平」 看板の色は、歌舞伎風の渋い緑……。横浜育ちの私が、物心付く前から慣れ親しんでいる「泉平」のいなりずしの箱の色である。 「………」 信号の色が青になった。通りを渡った私は、気が付くと、渋い緑色の箱をぶらさげて家に帰ることになるのだ。