2007年2月―NO.52
あのチョコレートの畝の隙間に挟まったクルミを見ると、懐かしさと同時に、 ふっと合格発表の日の、羽根の生えたような嬉しさを思い出す 喜久家洋菓子舗の「チョコレートケーキ」
喜久屋洋菓子舗の「チョコレートケーキ」 (画:森下典子)
試験が終わった翌3日は、第一志望校の合格発表だった。その学校は、山の上にある。長い長い石段を、不安でドキドキしながら母と二人で上った。 石段の途中で、ちょっと立ち止まって後ろを振り返った時、冷たい風が吹きあがってきた。その寒風の中に、かすかに甘い香りがした……。そして、眼下に、横浜の街の景色がパーッと広がった。 「わぁーっ!」 その時、「モリコ〜!」と、どこかで声がした。石段の上から、一緒に受験した同級生が下りてきた。 「どうだった?」 「うん。受かってた」 彼女は花が咲いたように微笑んだ。 「おめでとう!」 なんだか、自分も嬉しくなり、勢いよく石段を駆け上った。しかし、蔦のからまる校舎に張り出された掲示板に、私の受験番号はなかった。 その夜、会社から帰ってきた父は、 「典子、残念だったなぁ。悔しかっただろう……。でも、おまえ、合格した友達に、おめでとう、って言ったんだってな。パパは、それを聞いて嬉しかったよ」 と、私の肩に手を置いた。 「……うん」 頷いた途端、なんだか急に顔が崩れて、熱い涙が止まらなかった。