身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年2月―NO.52

  3

あのチョコレートの畝の隙間に挟まったクルミを見ると、懐かしさと同時に、
ふっと合格発表の日の、羽根の生えたような嬉しさを思い出す

喜久家洋菓子舗の「チョコレートケーキ」


喜久家洋菓子舗の「ラムボール」
喜久屋洋菓子舗の「ラムボール」

(画:森下典子)

 翌日は、快晴のぽかぽか陽気だった。その午後は、第2志望校の発表だった。
(どうせ、不合格だろう……)
 と、思いながらも、一応、母と発表を見に行った。
 がらんとした校舎の中庭に、掲示板があった。受験番号は、「151」。その時の、私の身長と同じだった。
「アッ!あったー!」
 大声で叫んだのは母だった。
「うっそー!」
 二人で抱き合い、飛び上がった。
 腕章をした若い男性が走ってきて、
「すみませーん。合格発表の写真を新聞に載せたいので、もう1回、抱き合って飛んでもらえませんか?」
 と、私と母にカメラを向けた。
 嬉しくて嬉しくて、足に羽根が生えたかと思うほど体が軽かった。あたりがキラキラと輝いて見えた。スキップを踏むように坂道を下り、元町商店街に出た。
「ケーキ、食べようか?」
 この日、初めて、元町の「喜久屋洋菓子舗」の「チョコレートケーキ」を知った。
 表面にチョコレートが流され、畝状にコーティングされている。畝と畝の隙間の溝に、細かく刻んだクルミと白いクリームが挟まって見える。そのチョコレートの畝が、ものすごく贅沢に光って見えた。
 フォークで押し切り、頬張った。こってりと見える割に、甘さ控えめの、さっぱりとした味だった。
「もっと食べていい?」
 と、一度に3個食べたのを覚えている。
 それから6年、その学校に通い、ちょくちょく「喜久屋洋菓子舗」の「チョコレートケーキ」と、ラム酒を使った「ラムボール」を食べた。
 今でも、あのチョコレートの畝の隙間に挟まったクルミを見ると、懐かしさと同時に、ふっと合格発表の日の、羽根の生えたような嬉しさを思い出す。
 そういえば、合格した翌朝の朝日新聞、神奈川版の片隅に、
「あったあったと大喜び」
  という見出しで、母と私が抱き合って跳ぶ後ろ姿の写真と小さな記事が載っていた。

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