2008年4月―NO.66
一切れ全部食べ終わったら、 心がふわ〜んと大きな弧を描いて、遠くへ飛んだ気がした 砂田屋の「酒ケーキ」
砂田屋の「酒ケーキ」 (画:森下典子)
いそいそとお茶の支度をし、酒ケーキを皿に切り分けた。濡れたナイフを指でぬぐって舐めた途端、ふわーっといい香りが口いっぱいに広がった。 フォークでスポンジを押し切ると、ふんわりとした白い肌から透明なシロップがにじみ出て、ケーキのまわりにわずかに溜まる。 最初の一口を味わった。 清楚で上品な甘さの奥の方から、ほのかな香りがやってくる。それは急激に高まり、ふくよかに広がって、繊細で奥行きのある味を見せてくれる。 「……!」 その一口で、Sさんが「いっぺん食べてみてください」と言った、その自信のわけがわかった。 日本酒とケーキが、これほどよく似合うとは……! (お酒ってこんなにおいしいのに、どうしていつも酔っぱらうように飲んでしまうんだろう?) さて、このケーキの白い肌には理由がある。ふつう、カステラやケーキには卵がたっぷり入っているが、この酒ケーキは卵白だけを使ってきめ細かく焼いている。黄身の味と酒の味が喧嘩するからだそうだ。 酒は、「七福神」と「南部関」という2種類をブレンドし、甘みをつけてシロップにした。カステラが焼き上がったら酒シロップを塗り、冷めてからもさらにたっぷりと塗る。それから、充分にシロップがしみるように4,5日寝かせるのだという。 たっぷりと酒を飲まされ、じっくり寝かされたカステラは豊かに熟成して、しっとりとした美しい白い肌から、甘い酒の香りをむんむんと漂わせるのである。 一切れ全部食べ終わったら、心がふわ〜んと大きな弧を描いて、遠くへ飛んだ気がした。