2008年6月―NO.68
愛知の麺はデリケートである 芝安の「梅・昆布うどん」
芝安の「梅・昆布うどん」 (画:森下典子)
大きな鍋でゆであげた麺類を、ザーッ!と、竹のざるに上げ、蛇口の下で流水にさらす瞬間が好きだ。夏の醍醐味を感じる。 「水にさらす」って、なんていい言葉なんだろう……。ジャージャーと流れる水の勢いで、ゆであがった麺のぬめりが洗い流され、シャキッとしまっていく。その指先の感触から、全身にじわじわと歓びが広がってくる。 「氷水でしめる」 という言葉も素敵だ。ゆだって少し太り、ぼってりとしてた麺が、目覚めるようにキュッとしまって、透明感が増し、水もしたたる美しさとなる。 ざるの水をきる時の「チャッ!チャッ!」という音が、また気持ちいい。 みずみずしい麺を、1房ずつ摘まんで、ちょっとひねりながら涼しげな器に盛る。もうそれだけで、爽やかな風が吹く……。 さて先日のこと。むしむしと暑い日に、デパ地下を歩いていたら、 「あ……」 一枚のポスターが目に飛び込んできた。なんとも涼やかな白い器に盛られた、冷やしうどんの写真である。その写真の前で足が止まってしまった。 「夏季限定 梅・昆布うどん」 とある。 ゆであげて、氷水でキュッとしめたばかりだろう……。白いうどんが、みずみずしく濡れ、美しく透け光っている。 見ているうちに、水にさらしている時の指先の感触や、ざるで水をきる「チャッ!チャッ!」という感覚が蘇ってきた。 冷やしうどんの上には、透けるような薄削りの鰹節がふんわりとのせられ、器に大粒の梅干しが一粒、添えられている。その大粒を見れば(これは、紀州産の南高梅だな) と、わかる。 たちまち口の中に、梅干しの爽やかな酸味と旨みが湧きあがり、耳の下あたりがキューンと痛くなって、唾液が出てきた。 (口に入れると、ヒヤッと冷たくて、啜ると、ツルツルッ!と、滑るように躍りこんでくるんだよね……。そして、噛むとすごくコシがあるんだよね……) もう全身が、冷やしうどんを思い出し、私はデパ地下の通路で、身悶えしてしまった。