身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年6月―NO.68

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愛知の麺はデリケートである
芝安の「梅・昆布うどん」


ぎんだらの粕漬
薬味の青ネギ
(画:森下典子)

(そういえば、こんなうどんだった……)
 実は、私には忘れられない「幻の冷やしうどん」がある。十数年前に一度だけ食べたうどんだ。ちょうど今頃の猛暑の日だった。
 愛知県内をタクシーでぐるぐる周りながら取材していた時だった。ある夜、運転手さんが一軒の古いうどん屋に連れて行ってくれた。
 のれんをくぐると、うなぎの寝床状に細長い店にお客がいっぱいいて、あっちからもこっちからも、忙しく麺をすする音がしていた。扇風機がブンブン回っていた。クーラーのない店だった。
 おなかのせり出た旦那が、首に引っかけたタオルで顔にダラダラ流れる汗を拭きながら出てきた。
「こちらへ!」
 旦那は江夏豊に似ていた。うなぎの寝床のような店をのしのし歩いて、カウンター席に案内してくれた。
 板張りの壁に、手書きの紙のメニューがベタベタ貼ってあるのを、きょろきょろ眺め、連れて来てくれたタクシー運転手さんに、お勧めを聞くと、
「ほうだらぁ〜、暑い時は、これが一番だがや」
 と、メニューの一つを指差した。
「冷やし梅干しうどん」だった。
「これ、お願いします」
「はいっ」
 間もなく、旦那が水色の浅いどんぶりを運んできた。
 そのヒヤッと冷たいどんぶりの中を見て、美しさに目を見張った……。見るからにコシの強そうな、キュッと身のしまったうどんが、上品な薄い色の汁に、半分ほど浸かっている。果肉のやわらかそうな南高梅の大粒の梅干しが1つ。そして、ふわふわと風に揺れ動く薄削りの鰹節。散らされている青ネギ。
 なんと涼やかで、上品なうどんだろう!
  旦那が白足袋を履いて何度も生地を踏み、自分で打っているという。

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