身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年12月―NO.74

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奥の奥から、深〜い味がわいてきて、心と脳に沁みていく。
感情のようなさまざまな味と香りが、分かちがたく混じり合う。

近為の「味噌たくあん」


近為の「柚子こぼし」
近為の「柚子こぼし」
(画:森下典子)

 地下鉄東西線・門前仲町を降り、深川不動尊へ向かうと、道の両側に小さな店がひしめきあっている。この参道を歩くたび、
(あ〜、この界隈だけで生きていける!)
 と思う。和食屋、豆腐屋、魚屋、まんじゅう屋、甘味所……。ここには、私が生きていくのに必要な店が全てそろっているのだ。中でも大好きなのは「近為(きんため)」。京漬物の有名店で、店内で食事ができる。
 十年以上前、編集者に連れられ、初めてこの店に入った。ちょうど昼時で、店内は混んでいた。大きなテーブルの真ん中が囲炉裏になっていて、鉄の茶釜で湯が沸いている。その囲炉裏を囲み、客たちが相席で座る。
「京のぶぶづけセットを2つ」
 と、編集者が注文した。
 待つ間に、香ばしいお番茶と、黒い縁高に入った漬物が出てくる。黒い塗りものに、ダイコンと柚子の浅漬け、キュウリやみぶなの漬物などがたっぷりと盛られ、そこに南天の葉が一枝添えられている。
「コリコリコリコリ……」
 あっちでもこっちでも音をさせながら、みんな実に幸せそうに目を細めて番茶をすすっている。漬物を食べている時のおばさんというのは、実に平和な憩いの表情をしている。
 私もダイコンの漬物を口に運ぶ。浅漬けのダイコンの歯ごたえが
「カリカリカリカリ……」
 と、頭蓋骨の中に響き、その後から柚子の香りがふわんと鼻に抜ける。かすかな甘みと程よい酸味が体に沁みいりたちまち顔がなごむのがわかった。
「みんな食べていいですよ。なくなったら、お代わりを持ってきてくれますから。漬物はお代わり自由なんです」
 脳裏に「おばさんの天国」という言葉が浮かんだ。

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