身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年12月―NO.74

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奥の奥から、深〜い味がわいてきて、心と脳に沁みていく。
感情のようなさまざまな味と香りが、分かちがたく混じり合う。

近為の「味噌たくあん」


近為の「味噌たくあん」
近為の「味噌たくあん」
(画:森下典子)

 やがて、四角いお盆に載って「ぶぶづけセット」がやってきた。「ぶぶづけ」とは「お茶づけ」のことだが、近為のぶぶづけは、ただのお茶づけではなかった。
「うわぁー!」
 お盆に小鉢が並び、引出し式のお重も載っている。お重を引き出すと、ぎんだらの糟漬け、鮭の味噌づけ。どちらも、おいしそうにこんがり焼けている。すぐき、しば漬け、瓜の奈良漬け、茄子のからし漬け、タケノコ、らっきょう、茗荷など、さまざまな種類の漬物が並び、きゃらぶき、ひじき、梅干し、ちりめんじゃこ……などなど付録がいっぱいついている。
 ご飯は一人ずつお櫃と杓文字がついていて、蓋をあけると、もわーっと白い湯気が立つ。しゃきっと炊けたご飯がぴかぴかと光っている。お茶づけ用に、お煎茶の葉の入った小さな急須も一人分ずついてくる。出汁や白湯で食べる店もあるが、やっぱり、お茶づけはお茶に限る。
「一膳目はお茶づけにしないでご飯を味わって、二膳目からお茶づけでも、最初からお茶づけでもいいですし、どうそご自由に……」
 どう楽しむかはそれぞれに任されている。あれもあるし、これもある。あまりに自由で、もう、どこから手を付けたらいいのか、浮き足立つような感じがする。
(えー、まずはぎんだらあたりでご飯を味わって、それからお茶をかけて……)
 などと、頭の中で幸福の配分を計算しながら、小さな杓文字で、お茶碗に自分好みにご飯をよそう。この「おままごと」っぽさがまた実に心浮き立つ。
 脂ののったぎんだらの糟漬けでご飯。
 きゅうりの漬物をパリパリパリ……。
 ちりめんじゃこのふりかけもある。
 奈良漬けをポリポリポリ……。
 もう、この有り余る幸せを、どう使ったらいいか迷うほどだ。幸福で笑いがこみあげてくる。 三膳目から、いよいよぶぶづけに突入。ご飯をよそい、囲炉裏で沸いている茶釜から、柄杓でお湯をくんで煎茶の小さな急須に注ぎ、それをご飯の上に丁寧にまわしかける。若葉色の煎茶が、昼の光の中でキラキラしながらご飯をお茶づけに変えていく。そこに、しば漬けをのせて、サラサラとかきこむ。すぐきをのせて、サラサラ……。次は、茗荷の漬物をのせてサラサラ……。
  あ〜、足りないものはなにもない。人間なんて本当は、この四角いお盆の中だけで満ち足りるのだ。

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