身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年1月―NO.75

  3

なんだろう、この安堵感。
埋まり込みながら、 顔がすっかり緩んでしまうのだ。

まい泉の「ヒレかつサンド」


近為の「味噌たくあん」
コーヒーと一緒に
(画:森下典子)

 その日、家に帰って、母に「特別授業」の話をした。
「そうだ。そうなったら、お赤飯を炊こうね」
「えっ?」
「昔は、女の子に初潮が来たら、お赤飯を炊いてお祝いしたんだよ」
 実は、私の母は「お赤飯」が好きで、お祝いでなくても、時おりお赤飯を炊いた。
 その年頃の女の子を持つ父としては、母がお赤飯を炊くたびに、
「これは、ひょっとして」
 と、思ったらしい。
 本当にその日がやってきたのは、それから1年後だった。
 私は母に、
「お赤飯はよしてくれ」
 と、頼んだ。
「そんなの恥ずかしいよ。第一、お赤飯はしょっちゅう炊いてるじゃない。どうせならもっとおいしいものが食べたい」
「じゃ、何がいいの?」
 という母に、私は、
「ヒレかつ、食べに連れてって」
 と、ねだった。
 次の日曜日、家族4人で、とんかつの専門店に「ヒレかつ」を食べに行った。
 何のお祝いだか、父も母も口に出して言わなかったし、8歳年下の弟はまして、わからなかった。さあ、食べようという時、父が一瞬、何か言いかけたが、
「な、」
 で、終わった。何やらこそばゆい様な、照れくさいような空気の流れる食事会だった。
  あの日の「ヒレかつ」も、肉が柔らかくて、カラッと揚がり、メリメリと埋まり込むようなおいしさだった。

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