2009年1月―NO.75
なんだろう、この安堵感。 埋まり込みながら、 顔がすっかり緩んでしまうのだ。 まい泉の「ヒレかつサンド」
コーヒーと一緒に (画:森下典子)
その日、家に帰って、母に「特別授業」の話をした。 「そうだ。そうなったら、お赤飯を炊こうね」 「えっ?」 「昔は、女の子に初潮が来たら、お赤飯を炊いてお祝いしたんだよ」 実は、私の母は「お赤飯」が好きで、お祝いでなくても、時おりお赤飯を炊いた。 その年頃の女の子を持つ父としては、母がお赤飯を炊くたびに、 「これは、ひょっとして」 と、思ったらしい。 本当にその日がやってきたのは、それから1年後だった。 私は母に、 「お赤飯はよしてくれ」 と、頼んだ。 「そんなの恥ずかしいよ。第一、お赤飯はしょっちゅう炊いてるじゃない。どうせならもっとおいしいものが食べたい」 「じゃ、何がいいの?」 という母に、私は、 「ヒレかつ、食べに連れてって」 と、ねだった。 次の日曜日、家族4人で、とんかつの専門店に「ヒレかつ」を食べに行った。 何のお祝いだか、父も母も口に出して言わなかったし、8歳年下の弟はまして、わからなかった。さあ、食べようという時、父が一瞬、何か言いかけたが、 「な、」 で、終わった。何やらこそばゆい様な、照れくさいような空気の流れる食事会だった。 あの日の「ヒレかつ」も、肉が柔らかくて、カラッと揚がり、メリメリと埋まり込むようなおいしさだった。