2009年2月―NO.76
風土が生み出した和菓子は、こんなにも洗練されている……。 五郎丸屋の「薄氷」
五郎丸屋の「薄氷」 (画:森下典子)
20歳になって、お茶の稽古に通い始めた翌年、梅や木瓜が咲く頃、稽古場で先生が、見慣れない干菓子を出してくださった。 「お取り回しください」 お盆の上に載っていたのは、刃物のように薄い菓子で、台形もあり長方形もありと形は不規則だった。表面はクリーム色。手に取ると軽く、一辺一辺がシャープで、きりりと美しい。 「さあ、早く召し上がりなさい」 と、先生に促され、尖った角を口に入れた。その途端、 ぱりっ! (あ、) 薄く張り詰めた菓子が、聞こえないほどの小さな音をたてて、口の中で割れた。後には、和三盆糖の優しい甘さが広がり、何も残さずスーッと消えた……。 なんだろう。この緊張感のある菓子の、頼りなさ、はかなさは……。なぜか覚えがあるような気がするが、思い出せない。 「これはね、富山の五郎丸屋の『薄氷』というお菓子ですよ」 先生からそう聞いて、しばし後、私の中に突然、ある感触が蘇った。 「あーっ!」 水たまりの表面に頼りなく張っていた薄氷を指先で突いた時の割れる感触……。 薄焼せんべいの表面に和三盆糖を塗った菓子が割れる、そのほんの刹那の感覚に込められた雪国の人々の春の歓び。 北陸では、2月、3月の寒い朝、水田一面に薄氷が張るという。ひびの入った氷は、台形、矩形、長方形など、不規則な幾何学模様を作り出す。この干菓子の形は、雪国の春の景色なのだそうだ。 風土が生み出した和菓子は、こんなにも洗練されている……。