2009年9月―NO.83
子供の頃は苦手だったのに、 今はピカピカ光る「半殺し」のもち米と甘い餡子の組み合わせが、体にしみる。 サザエ食品の「十勝おはぎ」
(画:森下典子)
子供の頃、お彼岸がやってくると、両親に連れられて墓参りに行き、その帰りにはちょっと足を伸ばして、父方の祖父母の家に立ち寄った。祖母は大騒ぎをして玄関先まで出迎えてくれ、茶の間にはいつも重箱の中に「おはぎ」がどっさりとこさえてあった。 祖母は、どっしりと大きな「おはぎ」を小皿に取り分けて、私に、 「子供は遠慮なんかしないの。たくさん食べなさい」 と、言ったが、私は正直、「おはぎ」が苦手だった。ごはん粒(もち米)に餡子がくっついているのが、なんともイヤだったのだ。 祖母はよく「半殺し」とか「皆殺し」とか、物騒な言葉を連発して父や母を笑わせた。祖母の生まれた地方では、もち米の粒が残る程度に、すりこぎで「半づき」にすることを「半殺し」といい、粒がなくなるまでつくことを「皆殺し」というのだそうだ。 祖母の「おはぎ」を一番喜んだのは父だった。箸をどんどん重箱に伸ばした。父は羊羹を肴に酒を呑む、いわゆる「両刀使い」で、餡子ものが大好きだった。きっと祖母も、息子である父に食べさせたくて張り切って「おはぎ」を作ったのだろうと今は思う。 私は大人になってからも、どこかで出されれば食べるけれど、自ら進んで「おはぎ」を買ったことはなかったし、もしも「おはぎ」と「鯛焼き」が並んでいたら、迷わず「鯛焼き」を買う。心から、 (あぁ、おはぎが食べたい!) と、思ったことは一度もなかった。