2009年9月―NO.83
子供の頃は苦手だったのに、 今はピカピカ光る「半殺し」のもち米と甘い餡子の組み合わせが、体にしみる。 サザエ食品の「十勝おはぎ」
サザエ食品の「十勝おはぎ」 (画:森下典子)
日本人の誰もが、焼けつくような空腹を抱えていた時代。おそらく、もう長いこと甘いものなど口にしたことがなかった二人の青年は、この世にこれほどおいしいものがあるだろうかと思ったに違いない。 「おはぎ」とは、そういう食べ物だった……。 見合いの席から、明石は姿を消し、悦子と長与は二人きりになる。明石の思いは、悦子にも長与にもわかっている。その日、悦子と長与は将来の約束をし、明石は数日後に特攻隊として出撃する。 明石の死を知らせに、長与が悦子の家にやってきた日、庭の桜が散っていた。 「咲いたばかりだったとに、もう散るとですね」 と、長与がつぶやく。 試写会場の外は、さわやかな初夏だった。サラリーマンたちが行きかうビル街を、私はおいおいと声を放って泣きながら駅まで歩いた。 ふと、「おはぎ」が食べたい……と思うようになったのはそれからだ。思えば、私の父も、明石や長与と同じ世代の人だった。祖母も食糧難の時代に、配給品の小豆や砂糖を節約して、ここぞという時に「おはぎ」を作ったのだろう。 私はこのごろ時々、デパ地下のコーナーで「十勝おはぎ」を買う。子供の頃は苦手だったのに、今はピカピカ光る「半殺し」のもち米と甘い餡子の組み合わせが、体にしみる。