2009年12月―NO.85
辛い時、苦しい時、あの幸せな瞬間の記憶が、「生きていく力」になってくれる。 森永製菓の「ホットケーキミックス」
ホットケーキ (画:森下典子)
どういう時だろう。なぜだか不意に、記憶の底から、子供の頃、ホットケーキを焼いた日の映像と感情がわきあがってくることがある。 母が、卵と牛乳でホットケーキミックスの粉を溶いてくれた。ホットケーキのタネは、クリーム色のトロトロだ。それを、熱を冷ましたフライパンに注ぐ。薄く油をひいた黒くて丸いフライパンの真ん中に、お玉でタネをとろーり。クリーム色のタネは、生きもののように、ゆっくりじわじわと広がって、程の良い大きさに丸くなる。 そして、弱火で2、3分。じーっと目を凝らして観察していると、やがて生地の縁のあたりにある気配がし、 フツ、フツ、フツ…… と、気泡の穴があき始める。同時に、あたりに甘い温かな香りが漂う。 「来た来た!」 ワクワクする。フライ返しで、タネの裏側をちょっとのぞくと、こんがりといい色になっている。そしたら、フライ返しをタネの底に差し入れて、ちょっと身構え、 「一、二の三!」 と、拍子をつけてひょいと裏返す。 くるっと裏返ってパン!と、うまく着地した時の嬉しさ。 「わー、大成功!」 熱々のホットケーキを皿に載せると、私はいつも、四角く切ったバターをちょこんとてっぺんに載せた。バターは下からみるみるとろけてきれいな金色と化し、それを見ている私の心も、バターと一緒にとろけた。ホットケーキの甘い匂いに、バターの香ばしさが混じり合う。 それからメープルシロップである。飴色の透明なシロップがこんもりと盛り上がり、輝きながらゆっくりホットケーキの丘を流れ、縁まで来ると、とろりとろりと崖を伝い下りて皿に飴色のたまりとなって盛り上がった。 私は50代になった今でも、あの、生地の縁にフツフツとあく気泡の穴や、台所に流れる温かで甘い匂い、溶けたバターやメープルシロップの透明な輝きをありありと思い出すことができるし、いつでもどこでもその瞬間の気持ちに戻ることができる。