身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年12月―NO.85

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辛い時、苦しい時、あの幸せな瞬間の記憶が、「生きていく力」になってくれる。
森永製菓の「ホットケーキミックス」


泡立て器
泡立て器
(画:森下典子)

 そういえば、わが家では同じホットケーキのタネで、よく「ドーナツ」も作った。ちょっと固めの生地を作って麺棒で延ばし、型を抜く。……と言っても、当時はドーナツの型なんてなかった。生地に、伏せた茶碗をグイッと押しつけ「○」く型を抜いた。その「○」の中に穴をあけるのには、父の晩酌のお猪口が活躍した。お猪口を伏せて、またグイッと押しつけ「◎」にする。それを油でジャーっと揚げる。すると、騒がしく揚がりながら、生地がむりむりーっと膨らんで、見事なドーナツになるのだ。揚げたてのドーナツを、ふうふう吹きながら食べるのが最高においしかった。
 今も時々、お茶碗とお猪口で、生地にドーナツの型を抜いた瞬間の、もっちりとした生地の手ごたえを思い出す……。
 あのころ私は、人一倍多感で、傷つきやすく、家族の中にある「嫁姑のいざこざ」や親戚間のもめごとも、知らぬふりしながら本当は知っている「子供らしくない子供」だった。けれど、ホットケーキやドーナツを作っている時は、ただの子供だったのだ。
  辛い時、苦しい時、あの幸せな瞬間の記憶が、「生きていく力」になってくれる。

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