身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2010年8月―NO.93

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記録的な猛暑の続くこの夏、
ワンタンの、あのちゅるんとした皮の感触が、私は無性に恋しい。

東京ワンタン本舗の「ワンタンの皮」


ワンタン
ワンタン
(画:森下典子)

 私は子供のころからワンタンが好きだったので、よく夏休みのプールの帰りなどに、中華料理屋さんでワンタンを注文したけれど、何度か、間違えて「ワンタンメン」が来てしまったことがある。
 ワンタンメンは悲しい。
 麺の上に、ワンタンが座礁して、べちゃーっとし、あれはもう天女ではないのである。しかも、ワンタンをレンゲですくって味わっているうちに、どんどん麺がのびてふくらみ、ますますワンタンは麺に乗り上げてしまう。
 だから私は、中華料理屋さんで注文する時は、
「ワンタンメンじゃなくて、ワンタンね」
 と言い、もう一度、
「麺のないやつ、お願いしますね」
 と、念を入れるようにしている。
 以前、イタリアとポルトガルの街で、中華料理屋さんに入り、ワンタンスープを注文したことがあるが、出て来たのは、あの薄い透明の皮がふわふわとたなびく、天女の薄もののような食べ物とは似ても似つかぬワンタンだった。
  やはり肉食の国だからだろう。具が多くて、それはほとんど肉団子だった。イタリアオペラのプリマドンナのような、むっちりと肥った、ズシッと重たいワンタンが、どんぶりの中にいっぱい沈んでいて、妙におなかがいっぱいになったのを覚えている。

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