身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2010年11月―NO.96

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干し柿のねっとりとした濃厚な味と、
栗きんとんのもそもそとした素朴な甘みが、口の中で混じり合う……。

満天星一休(どうだんいっきゅう)の「杣の木洩れ日」


満天星一休の「杣の木洩れ日」
満天星一休の「杣の木洩れ日」
(画:森下典子)

 その翌年、韓国通の友人と一緒に、韓国・ソウルからバスで地方の温泉に向かった。雲ひとつない秋晴れの空の下にコスモスの花が揺れる田舎道をバスで揺られて走っていると、どこかで知っているような、見覚えのあるような気のする景色に何度か出会った。
 崩れかけた土塀の向こうに古い農家があって、その軒先に柿の木が一本ある素朴な風景。柿の木に、1つ2つ残った実が、お日さまを浴びて真っ赤に見えた。
 ふと思い出したのは、中学生の時、家族で旅行した奈良の斑鳩の里だった。ゆったりとした田舎の村に茅葺屋根の農家がポツン、ポツンと建っていて、庭先には柿の木がある。その農家の崩れた築地塀のはずれから、法隆寺の伽藍が見えて、
「柿食えば、鐘が鳴るなり法隆寺」
 という正岡子規の歌、そのままの景色だった。
 韓国の田舎で見たのも、あの斑鳩の里とそっくりな景色だった。
 温泉町に着くと、町のあちこちで「柿」を売っていた。冷凍の柿である。夜、ホテルの部屋で、温かいオンドル床に座り、自然解凍した柿にかぶりつくと、熟れたトマトのようにブチュッと甘い汁が飛び出した……。
 唐の僧侶だった前世で、私は柿に何度も救われ、柿で渇きを癒していたというが、こんな甘い汁で渇きを癒したのだろうか……。
 韓国の田舎で、斑鳩の里にそっくりな景色を見た、その温泉旅行からこっち、私はなぜか急に柿を愛するようになった。
 熟れた柿には特に目がない。熟れた富有柿にブランデーなど数滴垂らして食べると、もう罰が当たるかと思うほどうまいのだ。(嘘だと思ったら、お試しください)
「干し柿」が、これまたたまらない。ぽってりとした表面に、果糖が白く粉を噴いている。干された柿の肉はねっとりと練り上げた羊羹かジャムのように甘い。昔、まだ砂糖がなかった時代、日本人にとって甘みといえば柿であって、柿を甘味料に使っていたというが、それもうなずける。

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