2011年1月―NO.98
今の日本は、居ながらにして世界中のおいしいパンが食べられる美食の国だ。 その出発点に、あの元町ポンパドウルの、 熱々のバゲットの、ピキッ、ピキッと皮の爆ぜる音があった気がする。 ポンパドウルの「デニッシュペストリー」
ポンパドウルのデニッシュペストリー「ムトン」 (画:森下典子)
その元町に、「ポンパドウル」一号店が登場したのは、中学一年の時だった。大人っぽい深紅の紙袋に「POMPADOUR」の黒い文字……。いきなりヨーロッパの貴婦人がやってきたような高級ベーカリーだった。 なにせ、当時の町のパン屋さんといえば、ガラスケースの中に並んでいるパンを、店員さんに頼んで袋詰めにしてもらうのが普通だった。食パンは、 「トースト用に切ってください」 「サンドイッチ用で」 などと頼んで、大きな銀色に光る機械でスライスしてもらって買っていた。あとは、コロッケパン、焼きそばパン、あんパン、クリームパンなどの菓子パン……。 ポンパドウルは、なにもかもが新しかった。私は学校の帰りに、クラスメートと初めてポンパドウルに入った時のときめきを、今でも覚えている。店に入るなり、フランスパンの美しいキツネ色が目に飛び込んで、暖炉のような温かさと、香ばしさとバターの香りに包まれた。入り口で、お客たちが並んで、トレイと大きなパン挟みを持つ。売り場をぐるっと歩きながら、自分でパンを取り、レジへ持っていく。そういうシステムを初体験した。 売り場の奥に、工房が見えて、大きな窯でパンを焼いている。ドアが勢いよく開いて、今、窯から出したばかりの細長い棒のようなバゲットが運び出され、売り場の大きな籐籠に、ザザーっと無造作に立て掛けられる。熱々のフランスパンの皮が、ピキッ、ピキッと爆ぜるような音がして、空気まで熱く香ばしくなるのを、みんな「わぁー!」と歓声を上げて眺めた。 売り場をぐるりと囲む棚には、チーズの入ったパン、くるっとひねったパン、三日月形のクロワッサン、クルミやレーズンの入ったもの、チョコレートをまぶしたもの、クリームを載せたものなど、さまざまな種類のパンがうず高く盛られ、そこに、次々に焼きたての新しいパンが運ばれてくる。