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![]() 身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2004年2月―NO.17 | |||||
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「ねえ、新しく出たうどんのカップ麺でさ、『どん兵衛きつねうどん』ていうの、食べた?」 聞こえているのか、いないのか、男は岩波文庫のページに目を落としたまま、顔を上げようともしなかった。 「ねえ、食べた?『どん兵衛』」 彼は煩わしそうな顔で本から目を上げると、 「そんなの、うまいわけないさ。所詮、ニセモノだ」 と、長い前髪をかきあげた。 (ふん、なにさ、せっかく教えてあげたのに) それから、何ヶ月かたった天気のいい日、原宿を歩きながら、その彼が突然言った。 「あのさ、君、『どん兵衛』っていう、うどんのカップ麺、知ってる? 一度食ってみろよ。あれは下手なうどん屋のうどんよりうまいぞ」 「私、前に言ったじゃん」 「そうだっけ?俺、聞いてないよ」 (なにさ、「ニセモノだ」とか、えらそうに言ってたくせに……) あれから30年近くたった今でも、「どん兵衛きつねうどん」をすするたび、暖かい湯気の中で、あのやりとりの記憶が一瞬、蘇る。 彼が今、どこでどういう人生を送っているのか私は知らないが、「どん兵衛」は、「天ぷらうどん」「カレーうどん」「杵つきもちうどん」「京風あんかけうどん」と、今では種類もいっぱい増えている。 私は、元々「きつねうどん」が大好きだ。駅や空港で時間があいた時など、ちょこっと店に入ってすするのは決まって「きつねうどん」だ。基本形は、うどんにつゆを張り、それに甘辛く煮た「おあげ」と、青いネギが乗っているだけ。そのシンプルさゆえに、うどんのコシや、「おあげ」に染みた出汁つゆを、じっくりと味わえるのだ。 | |||||
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