身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年2月―NO.17
  3

「どん兵衛」自身の味が好きだ。
「どん兵衛きつねうどん」は、「どん兵衛きつねうどん」なのだ。

日清食品の「どん兵衛きつねうどん」


「どん兵衛きつねうどん」
「どん兵衛きつねうどん」
(画:森下典子)

 ベリベリーッと蓋を全部はがし、何となく、箸で「おあげ」を2、3回、押してみたりする。「どん兵衛」の「おあげ」は、たっぷりと汁を含んでいて、押しても、救命胴衣みたいに浮き上がる。この大切な「おあげ」を食べるのは、もうちょっと後である。
 まずは、少し膨らんだ白い麺を箸で引きずり出して、ズルズルッとすする。「どん兵衛」のうどんは、肌がツルツルしている。平べったくて薄いのに、ちゃんと「噛んでる」という感触も表現されている。そして、麺のウェーブは「すする」という感触を小気味よく、おいしくしてくれる。汁も少し吸い、
「ふーっ」
 と、息を整える。それから、いよいよ「おあげ」である。
 「どん兵衛」の「おあげ」は、名作である。その大きくて厚い「おあげ」は、使い慣れた座布団のようだ。私は、いつも角のところから食いちぎる。「食べる」ではなく、「食いちぎる」のである。
 弾力のある「おあげ」は、ほどよく抵抗してからちぎれてくれる。ギュッと目の詰まったスポンジのような「おあげ」の、ちぎれ具合がいいのだ。噛むと、じゅわーっと汁がしみでてくる。これがたまらない。
 でも、「おあげ」が先になくなってしまうと、「きつねうどん」は、ただの「素うどん」になってしまうのだ。だから、私は、麺と「おあげ」の配分を計算しながら「どん兵衛」をすする。麺を4分の1くらい食べたら、「おあげ」も4分の1。麺を半分たべたら、「おあげ」も半分食べる。
「麺」→「おあげ」→「麺」→「おあげ」と、単調なリズムになるから、そのところどころで、青いネギや、ペラペラの薄いピンクの蒲鉾をつまんだりして、リズムにちょっと変化をつける。
 そして、残り少なくなった最後の「おあげ」は、一度、汁に沈める。沈むまいとする「おあげ」を、無理やり箸で押し沈めて、よおく汁を吸わせてから口に入れ、最後にあの「じゅわーっ」を、楽しむのだ。
 食べ終わった「どん兵衛」の容器は、再び軽い。そういえば、あの彼は、今ごろ、どこでどうしているだろう?
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