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![]() 身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2004年7月―NO.22 | |||||
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ふっくら炊けた朝のごはんは、炊飯器の中で粒が立っている。一粒一粒が、私ににこにこと笑いかけてくるように見える。それをお茶碗にこんもりとよそった。ご飯粒が、朝日をあびてピカピカ光り、湯気がほわ〜んと立っていた。そのお茶碗の上に、「ごはんですよ!」を、スプーンに一杯、そーっと乗せる……。 海苔の佃煮は黒い。これほど黒々とした食べものはない。真っ黒くて、どろどろし、それがコールタールのようにつやつやと光っている。しかも、のばすと、ぬるぬる伸びる。 見ようによっては、陰気で不気味である。 ところが、炊きたての白いご飯の上に乗ると、これがなんだか美しく見える。 白いご飯の上の、艶のある黒……。 私は、この景色を見るたび、なんだか、正月の早朝に、雪の富士山を見たような気分になる。由緒正しき日本の美を目の前にしたような気がして、思わず居ずまいを正したくなる。 そういえば、日本には昔から、「黒」を、大人の粋として重んじる文化があった。椿油で撫で付けた黒髪は美人の条件だったし、最も格の高い礼装は、黒紋付に黒留袖だった。江戸時代の成人女性が着物の襟にかけた黒繻子。英語で「ジャパン」と呼ばれる黒い漆器の数々……。 だけど、その中でも、ピカピカ光る白いごはんにのった、海苔の佃煮の照りと艶ほど、美しい黒はない。 この黒は、神秘的である。箸でご飯に伸ばすと、ぬるぬる広がって、たちまち茶色っぽい緑に変わる。不思議である。あんなに真っ黒く見えたのに、海苔の佃煮は、本当は緑色だったのだ。 そして、この緑色が炊きたてのごはんの湯気に触れた時、突然、磯の香りが目を覚ます。ご飯が熱ければ熱いほど、その風味は新鮮に際立つ。 はふはふ言いながら、ご飯を頬張る。どろどろした照りの、みりんの甘みに味覚がとろけ、噛むほどに口の中が磯一色になる。海辺の松の枝を吹き渡ってくる潮の香りがする。干潟の午後の、お日様の味がする。肌と髪がべた付く。潮の香りが、しょっぱくて甘い。 「ごはんですよ!」を食べるたび、私はいつも、 (あぁ、やっぱり) と、体の奥がつぶやくのを感じる。なにが「やっぱり」なのか、自分でもわからない。だけど「やっぱり」なのだ。なんだか、昔いた場所に戻ったような気がする。その懐かしさは、「家庭の味」や「おふくろの味」とは違う。もっと深いところからやってくる。その味を味わってる自分が、本当の自分のような気がする。ひょっとすると、海苔の佃煮を味わっている時、私の体内で血液が「海」を思い出しているのかもしれない……。 | |||||
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