身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
HOME

 


 
2004年7月―NO.22
 2 

なんだか、昔いた場所に戻ったような気がする
私の体内の血液が「海」を思い出しているのかもしれない…

桃屋の「江戸むらさき ごはんですよ!」


お茶碗とお箸
お茶碗とお箸
(画:森下典子)

 思えば、もの心ついた頃、私はすでに、ごはんにのせた海苔の佃煮のうまみを知っていた。真っ黒くてどろどろした佃煮の持つ「磯の風味」という大人っぽい味を、当時の子供たちはみんなちゃんと知っていた。なぜか?
 それは「三木のり平」という偉大な存在があったからだ。喜劇役者・三木のり平さんは、桃屋のコマーシャルアニメに登場する、あの鼻メガネのキャラクター「のり平」のモデルであり、作者であり、声も自ら吹き込んでいた。「のり平」は、昭和30年代から、「サザエさん」に匹敵するほど親しまれてきた人気キャラクターだった。
 当時は、どこの家の冷蔵庫にも、たいがい、扉のポケットに「江戸むらさき」が入っていた。「そろばん玉」のような形の瓶に渋い紫色のラベルが張ってあって、その「江戸むらさき」という文字を見ただけで、私の耳には、いつも、
「なにはなくとも、江戸むらさき」
 という、三木のり平さんの声が聞こえた。
 あの頃、日本の子供の多くが、海苔の佃煮という、伝統的な和食の味を、「のり平」キャラクターを通じて知り、風味というものの魅力を舌に覚えたのだ。
次へ



Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved