身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2004年8月―NO.23 | |||||
人間は完璧なものに耐えられず、 | |||||
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私がよく買うのは、横浜三越の地下で売っている、「後文」というメーカーの「かんざし」だ。まっすぐで揃った稲庭うどんも売っているが、いつも「かんざし」しか買わない。「かんざし」の方が値段が安いからだが、それだけではないのだ。 「かんざし」を茹でると、曲がってつぶれた部分だけ、ビローンと幅が広くなる。つややかで、きれいにそろった稲庭のところどころに、不ぞろいな広い部分が混じる。ビローンと広くて、透けている。そこがいいのだ。もう、目が食べたがって、うずうずしてくる。 不ぞろいな麺は、とりわけうまい。なぜだろう……? もしかすると、人間は完璧というものに耐えられず、ちょっと壊れたもの、乱れたものに、心惹かれる生き物なのかもしれない。 一緒に秋田で稲庭うどんをすすった友達は、 「音符みたいなものかもね」 と、言った。 「同じ音符がずらーっと並んでるより、所々に違うのが混じって不ぞろいな方が、かえって変化がついていいメロディーになるじゃない」 不ぞろいな音符の存在は、麺が束になることによって、いっそう際立つ。 「ツリッ、ツリツリッ、ツリッ」 そういえば、唇に、小気味よく吸い込まれていく稲庭うどんは、いいリズムを奏でている。 | |||||
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