身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年1月―NO.28 | |||||
黒豆の皮の香ばしさ、黒豆の奥の繊細な甘み、 | |||||
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「丹波篠山地方で獲れた黒豆を丹精に練り上げて仕上げた」 というもので、なんと、羊羹のすべてが丹波黒豆でできているという。 羊羹好きの私の脳裏に、包丁でスパッと切った羊羹の断面が浮かんだ。上等な羊羹の断面は、赤ん坊の肌のように肌理が美しいのだ。 丹波黒豆の甘露煮の、あのもちもちとした歯ごたえも思い出した。 (丹波黒豆で作った羊羹かぁ〜) 大阪府泉佐野市にある和菓子の老舗「むか新」がその店であった。 「丹波黒豆羊羹を三本、年内に届くように送ってもらえますか?」 「はいっ。あした、送らせてもらいますので、あさってには着きますぅ」 電話で応対してくれた女性のイントネーションに関西の空気を感じた。「大阪から、わざわざ送ってもらう」という贅沢が、なんだか嬉しかった。 二日後、宅配便が届いた。包みを解くと、お正月にふさわしい紅白の箱に、筆で「丹波黒豆羊羹」の文字が躍っている。うきうきした。 その時、また「ピンポーン!」と、チャイムが鳴った。母の友達が、みかんを持って来てくれたのだった。 「ちょっと、ちょっと!」 母が台所に慌しく入ってきて、声をひそめた。 「なんかない?」 「なんか、って?」 「頂き物したんだから、何かお返しする物よ。それ、お菓子?」 「……大阪から取り寄せた羊羹」 「一箱もらうからねっ」 「あ……」 取り寄せたばかりの羊羹の一箱を持って、母は玄関で、 「大阪から取り寄せた羊羹なんですよ〜」 と、気取った声を出した。これだから年末年始は、うかうかしていられない。 | |||||
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