身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年4月―NO.31 | |||||
私はこれを食べるたびに、 | |||||
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私は東急文化会館が大好きだった。 今から30年前、横浜から東横線で渋谷へ出て、山手線に乗り換え、目白の女子大に通っていた時代があった。東横線の窓から東急文化会館が見えると、 「あぁ、渋谷に着いた」 と、思った。 帰りは、友達と新宿で遅くまで遊んでも、渋谷駅発、東横線桜木町行きの最終電車に乗ってしまえば、横浜のわが家まで一直線である。終電の窓から東急文化会館を見ながら、うちへ帰ってきたようなホッとした気分になった。 だけど、当時からすでに東急文化会館には、どこかレトロな雰囲気が漂っていた。 東急文化会館が誕生したのは昭和31年。私と同い年である。私が小学生だった昭和40年ころは、まだピカピカのトレンド・ビルだった。8階には、時代の最先端の「五島プラネタリウム」があり、「渋谷パンテオン」「渋谷東急」「東急名画座」と、今のシネコンのように映画館が集まっていた。 渋谷駅の2階改札口と通路一本でつながっているのもよかった。 「東横線に乗ってしまえば、もう、家に帰ったも同然」 という安心感もあって、なんだかすごく寄り道したくなるのだった……。 | |||||
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