身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年4月―NO.31 | |||||
私はこれを食べるたびに、 | |||||
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「何か食べて行こうか」 と、通路を歩き出した。映画の大きな看板が見え、その先は東急文化会館2階の「文化特選街」につながっていた。婦人服や傘が売られている店の間を通り、ずーっと奥の突き当りを曲がった目立たない場所に喫茶店があった。 「銀座立田野」 ショーウィンドウに「ところてん」「釜飯」「お雑煮」「いそべ巻き」などが飾ってあった。席につくなり、店員さんが、お茶とおしぼりを持ってきてくれた。 進学塾で緊張してテストを受け、人ごみを歩いて疲れていたせいもあっただろう。子供ながら、私はこの奥まった店に、紐の解けたようなくつろぎを感じた。 母と「白玉クリームあんみつ」を注文した。 「白玉クリームあんみつ」……私はこれを食べるたびに、いつもバージョンアップの進化の過程を頭の中で反芻してしまう。 基本形はおそらく、寒天と豆に黒蜜をかけただけの「豆かん」であろう。その「豆かん」に、シロップ漬けのフルーツや求肥などのトッピングが加わったものが「みつまめ」。 その「みつまめ」に、こしあんを入れたら美味しかろうと言うことで「あんみつ」が生まれ、さらに「あんみつ」に、白玉だんごを乗せたものが「白玉あんみつ」。その「白玉あんみつ」に豪勢にアイスクリームまで入れちゃったのが「白玉クリームあんみつ」……。 そう考えながら食べるせいだろうか。小鉢に盛られた「白玉クリームあんみつ」には「贅沢三昧」の味がする。 あの日、店員さんが運んできてくれた陶器の小鉢には、橙色のアンズや、緑色とピンクの求肥が見え、白玉団子がつやつや光っていた。餡子の隣にはアイスクリームが渦を巻いていた。小さなピッチャーに入った黒蜜をとろりとかけ、相撲の軍配みたいな形のお匙で、小鉢の底の方に沈んだ寒天を掘り出しながら掬って口に運んだ。 歯が、ひんやりした寒天に埋まるブニブニとした感触がした。濡れて光る白玉は、匙で掬おうとすると、きょろきょろと逃げるが、噛むと、もちもちした。小鉢の中で、黒蜜とあんこ、あんことアイスクリームが混ざり合い、まろやかな甘味のるつぼと化して、私を、 「よしよし、よしよし」 と、甘やかしてくれるのだった。 | |||||
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