身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年11月―NO.37 | |||||
私はいつになく、一切れで満たされた | |||||
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テーブルに皿を置くと、 「んーっ!笹のこの匂い!」 と、母が言い、私は深呼吸して目をつぶった。 夕暮れのような色の塊に、楊枝を入れ、一切れ、口に入れた。 (……あれ?) 母も、(あれ?)という顔になった。 今まで食べた栗むし羊かんは、栗と羊かんの二つの味がした。もっちりとした蒸し羊かんがあり、その中に、ぽくぽくと甘い栗の甘煮が入っているのが栗むし羊かんだった。 ところが、この笹巻き栗むし羊かんは、どこまでが羊かんで、どこからが栗なのか、わからない。いわば、最初から最後まで、ずーっと栗の味がするのである。 その栗の味が、実に濃い。砂糖で甘く煮た味ではなく、山で採れた栗の自然の甘味が、そのまま味わえるのだ。 笹の清潔な香りに包まれた「一本丸ごと栗」のような羊かんに、私はいつになく、一切れで満たされた。充実感とは、こういうものかもしれないと思った。 「道祖神」を、ポクッと齧った。 ああ、信濃路の秋は豊かだ。 | |||||
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