身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年11月―NO.37 | |||||
私はいつになく、一切れで満たされた | |||||
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「あ、……」 と、声が出て、20歳のころを懐かしく思い出した。 この秋、その開運堂から、「道祖神」と、季節の栗むし羊かんを、取り寄せた。 羊かんの紙包みを解き、ビニール袋から取り出すと、それは、青々とした笹の葉の小包であった。 「笹巻き栗むし羊かん」という。 まだ、笹の葉は手がきれそうで、すがすがしい香りが、脳の奥に新鮮に届いた。 小包をぎゅっと縛った笹の紐を解くと、水気がしたたり、いっそう匂い立つ笹に包まれて、みずみずしい羊かんの登場である。 それは今までに私が食べた栗むし羊かんとは、色からして違っていた。淡く紫を帯びた薄墨色の、ぼんやりとした夕暮れである。 普通は、栗の入っていない一切れができてしまわないよう、上手に切らなければいけないのに、その羊かんの中には、川底の石ころのように、ごろんごろんとふんだんに黄色い栗が入って、それが薄靄に透けている……。 | |||||
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