身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2005年12月―NO.38
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ブリン、ブリンと噛むと、 白い身から、じわんじわんと、
魚の旨みが出てきて、 口いっぱいに広がる

魚貞蒲鉾店の「すまき」


魚貞蒲鉾店の「すまき」
魚貞蒲鉾店の「すまき」
(画:森下典子)

 ところで、うちのご近所に、おいしいものに目のないご夫婦がいらっしゃる。わが家は、そのお宅から、ちょくちょく、おいしいミカンやしょう油、お饅頭などをいただくが、中でも、そのご夫婦が、
「うちは、ここの店のしか、食べる気にならないの」
 と言って、何十年も前から取り寄せている蒲鉾がある。
 それは四国・今治にある「魚貞蒲鉾店」の「すまき」というもので、ビニールの包装の真ん中には、大きく一文字、
「貞」
 と、書かれている。
 板蒲鉾ではない。棒状である。
 数十年前、これを初めて見た時、私はびっくりした。麦藁がまわりにびっしりとついていたからだ。
 その麦藁を一本一本、手で剥がす……。中から蒲鉾の棒が現れる。蒲鉾の白い肌に麦藁の跡の細い溝がびっしりとついている。その素朴さが、えも言われず食欲をそそるのである。
 今では、麦藁はプラスチックのストローに変わっているが、ストローの跡についた溝の感じが、麦藁の時と少しも変わらない。
 遠い昔、蒲鉾は、棒や竹に魚のすり身を筒状に塗りつけて、こんがり焼いたものだったという。今で言う「ちくわ」である。その形が、「ガマの穂」に似ていたので「かまぼこ」と呼ばれるようになったそうだ。板に塗りつける蒲鉾は、だいぶ後になってから登場したらしい……。
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