身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年3月―NO.41
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純粋に「柿の種」だけに向き合い、 歯ざわりを頭蓋骨に響かせ、
それが次第に激しく、 とりつかれたように熱狂していく……

浪速屋製菓の「柿の種」


食べ出したら止まらない
食べ出したら止まらない
(画:森下典子)

 小学校の低学年になった頃には、「柿の種」は私の大好物だった。学校から帰ると、缶を抱えて縁側に寝そべり、「少年少女世界の名作文学」を読みふけった。
 缶に手を入れると、さらさらとした粒の感触が気持ちいい。それを手のひらに一掴みする。
 子供の一掴みで、何十粒あっただろうか。粒の形は、「柿の種」というより、小さなバナナのようだった。その1つ1つがいとおしかった。
 最初は一粒一粒齧る。ぷ〜んと醤油が香り、軽快な歯ざわりが頭蓋骨の中に響く。
 ポリポリポリポリ……。
 また、缶に手を入れ一掴みする。
 ポリポリポリポリ……。
 程よい辛さがたまらない。
 「アンクルトムの小屋」や「三国志」を、「柿の種」を齧りながら読んだ。ストーリーが次第に佳境に入り、ページをめくる手が早くなるのと同時に、ざくっと、缶の中に手をつっこみ、何粒もまとめて口に放り込む。頭蓋骨の内側が、
 ボリボリボリボリ……。
 という音でいっぱいになる。額にうっすら汗がにじむ。
 「柿の種」の魔力にからめとられ、もうやめられない。刺激がさらなる刺激を呼び、エスカレートする。
 缶に手を突っ込んでは、ザラザラと口に流し込む。
 ザクザクザクザク……
 噛む音が、卒倒しそうなほど頭に響く。
「あら!あんた、こんなに暗いところで、目が悪くなるでしょ!」
 という母の声にハッと気づくと、いつも、あたりは夜になっていた。
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