身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年10月―NO.48

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もちもち噛むと、栗とむし羊羹とが、 実に自然で豊かな味わいに調和する
その調和の中に、常に絶えることなく 竹皮の芳ばしさが漂い香る

松葉屋の「月よみ山路」


松葉屋の「月よみ山路」、マイブームです
松葉屋の「月よみ山路」、マイブームです
(画:森下典子)

 幼稚園の頃、「おままごと」で泥団子をこねては、よく葉っぱでくるんだ。そんな幼児期の記憶のせいだろうか。木の葉や竹の皮で包んだ和菓子が大好きである。
 たかが葉っぱ、たかが竹の皮なのだが、それが効果絶大なのだ。和菓子に貼りついた天然の植物の感触を感じ、その香りを嗅いだ途端、たちまち、
「あぁ〜!」
 と、私の中に何かがわいてくる。まるでインスピレーションに打たれたように、木々の清らかな匂いに染まり、体が生き物としての懐かしさに満ちてくる。
 本物の葉っぱや竹皮のついた和菓子には、なにやら「風格」のようなものが漂っている。コンビニの安い水羊羹でも、本物のあじさいや笹の座布団に載せてあげると、味もぐんと良くなる気がする。
 実際、本物の葉っぱや竹に触れた和菓子には、調味料や香料には真似のできない、天然の香りがうつり、味も変わる。
 たとえば、「桜餅」の葉……。たいがい塩漬けされて、高菜の古漬けみたいな色に変わっているけれど、塩気のきいた桜の葉の香りを、鼻先にぷうんと感じながら、道明寺のもちもちした桜餅の甘さを味わうと、甘みと塩気と葉の香りが、まだ肌寒い春風の中でないまぜになる。甘み→塩気→甘み→塩気……。春先の、ほんの短い期間にだけ現れて消える、独特の風味だ。
 この桜餅の葉っぱの香りを嗅ぐと、
「あ、春がきた」
 と、思い、体の中で何かがモゾモゾと目を覚ます。
 五月の「かしわ餅」もそうだ。ぷっくりと腹の膨れた、餃子みたいな白い餅を、挟むように包みこむ大きな柏の葉っぱが私は好きだ。分厚くて、ゴワゴワしていて、葉脈も太い。なんだか、お父さんの手みたいだ。
 餅に貼りつき、かすかに湿り気を帯びた柏の葉っぱから、初夏の樹木の、青臭いような匂いが立つ。その香りが「かしわ餅」にうつって、五月の味がする。
 六月になると、青竹の筒に入った「水羊羹」が出回る。青竹の筒の口を、みずみずしい竹の葉っぱで蓋し、口のまわりにぐるぐる巻きつけて、茎で結わえてあったりする。青竹の葉にしたたる水が、「水羊羹」の水分と混じりあい、なんだか、青竹の水分で作った水羊羹のように思える。ひんやりとして、口の中ですーっととろける「水羊羹」に、青竹のきりりとした、清冽な風味がうつる……。
 そして、十月はなんと言っても、栗むし羊羹の季節である。ここ数年、私はこの時期が来ると、待ちかねたように、デパ地下で、石川県・小松市の老舗、松葉屋の栗むし羊羹「月よみ山路」を買っている。ビニールの封を開けると、「月よみ山路」は、竹皮に包まれている。 この竹皮がいい……。食べ物を包むのに、これほど素晴らしい素材はない。

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