身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年12月―NO.50

  3

スイスチョコレートと、スポンジと、クルミのバランスがピタリと合って、
贅沢な味がする
自分がキラキラと輝く世界にいるような、 幸せを感じるのだ

トップスの「チョコレートケーキ」


トップスの「チョコレートケーキ」
トップスの「チョコレートケーキ」

(画:森下典子)

 思えば、日本が、世界一の豊かな国になりつつあった時代だった……。 その1年後の昭和54年、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本がベストセラーになった。「ナンバーワン」の実感はまだなかったけれど、海外旅行がブームになり、レジャーも食べ物も車も、急に贅沢になっていく時代だった。
 その年、私は週刊誌のコラム記者のアルバイトを始めた。いわゆる「街ネタ」を取材する仕事で、誌面に載れば、記事一本2万円。ふつうのアルバイトが「時給400円」の時代に、破格のアルバイト料だった。
 初めて「原稿料」をもらった日は、忘れもしない、クリスマスの直前だった。当時は、銀行振り込みではなく、直接、編集者から茶封筒に入った現金を受け取っていた。
「はい、原稿料。またよろしくね」
 受け取った茶封筒の中身を、トイレの中で見た。原稿2本分。4万円!
(大変なことになった)
 と、胸がドキドキした。動悸を押さえ、編集部のある建物のドアを押して外に出た瞬間、クリスマスのイルミネーションで街がキラキラと瞬いているのが目に飛び込んできた。
なんだか自分が、輝く世界に飛び込んでいくような気がした。師走の冷たい風さえ、快感だった。
 カバンの中の茶封筒をそっと触り、私は、
(これで「トップスのチョコレートケーキ」がいくつ買えるかなぁ?)
 と、思った。
 あれから、今年で27年……。
 その間に、日本は「世界一の経済大国」になり、バブルが始まり、それが崩壊した。
 大学を出たばかりの、世間知らずの娘も、現実の試練や挫折を何回か味わい、中年になった。
 私は今でも時々、無性に「トップスのチョコレートケーキ」を食べたくなる時がある。27年もたったのに、スイスチョコレートと、スポンジと、クルミのバランスがピタリと合って、あの贅沢な味がする。そして、自分がキラキラと輝く世界にいるような、幸せを感じるのだ。
  今年のクリスマスは、久しぶりに「トップスのチョコレートケーキ」を買おうかな……。

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