身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年1月―NO.51

  3

真面目で素朴であることは、なんてすてきなことだろう
私は「鳩サブレー」に、由緒正しき焼き菓子の香りを嗅いだ

豊島屋の「鳩サブレー」


豊島屋の「鳩サブレー」
豊島屋の「鳩サブレー」

(画:森下典子)

 30代の頃、九州の友達から、
「鳩サブレーを取り寄せて食べてる」
 と、聞いた。
「え?鳩サブレーを?」
「うん。大好きなの」
「わざわざ取り寄せて?」
「うちの方には、売ってないもん」
 そう聞いて、「鳩サブレー」は、全国どこにでもあるわけではなかったことにハッとした。地元民には、地元民ゆえに見えないものがあるのだ。
 ある日、知り合いの家で、おやつをいただいた。
「お一ついかが?珍しくもないかしら?」
「あら、鳩サブレー。久しぶり……」
 もう随分長い間、「鳩サブレー」をお土産にいただくことはなくなっていた。
 私は鳩の形をじっと見た。改めて、実にシンプルで、可愛い形をしていることに気づいた。
 ビニール袋の封を開けると、たちまち、ふわーっと焼き菓子のバターの香りがした。
「……」
 私は、昔そうやって食べていたように、鳩の尻尾の部分をパキッと折って、口に入れた。
 サクサクサクサク。
「……」
 そして思わず、袋の裏の原材料を読んだ。
「小麦粉、砂糖、バター、鶏卵、膨張剤」
 それ以外には、香料も酒も、何も入っていなかった。まさに、原材料そのものの味。
 世の中が豊かになって、贅沢なお菓子を食べてきた。齧った途端、口の中でほろっと崩れるようなクッキーもいっぱい知っている。
 だけど、真面目で素朴であることは、なんてすてきなことだろう。私は「鳩サブレー」に、由緒正しき焼き菓子の香りを嗅いだ。
 ふと、「かっくまら」で、玉砂利を投げて鳩を追い散らした日、家で口の中に入れてもらった、あの甘くて、サクサクとしたお菓子の味を思い出した……。
  横浜西口のデパート「たかしやま」で、このごろ私は、「鳩サブレー」の手提げ入りをちょくちょく買っている。

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