2007年1月―NO.51
真面目で素朴であることは、なんてすてきなことだろう 私は「鳩サブレー」に、由緒正しき焼き菓子の香りを嗅いだ 豊島屋の「鳩サブレー」
豊島屋の「鳩サブレー」 (画:森下典子)
30代の頃、九州の友達から、 「鳩サブレーを取り寄せて食べてる」 と、聞いた。 「え?鳩サブレーを?」 「うん。大好きなの」 「わざわざ取り寄せて?」 「うちの方には、売ってないもん」 そう聞いて、「鳩サブレー」は、全国どこにでもあるわけではなかったことにハッとした。地元民には、地元民ゆえに見えないものがあるのだ。 ある日、知り合いの家で、おやつをいただいた。 「お一ついかが?珍しくもないかしら?」 「あら、鳩サブレー。久しぶり……」 もう随分長い間、「鳩サブレー」をお土産にいただくことはなくなっていた。 私は鳩の形をじっと見た。改めて、実にシンプルで、可愛い形をしていることに気づいた。 ビニール袋の封を開けると、たちまち、ふわーっと焼き菓子のバターの香りがした。 「……」 私は、昔そうやって食べていたように、鳩の尻尾の部分をパキッと折って、口に入れた。 サクサクサクサク。 「……」 そして思わず、袋の裏の原材料を読んだ。 「小麦粉、砂糖、バター、鶏卵、膨張剤」 それ以外には、香料も酒も、何も入っていなかった。まさに、原材料そのものの味。 世の中が豊かになって、贅沢なお菓子を食べてきた。齧った途端、口の中でほろっと崩れるようなクッキーもいっぱい知っている。 だけど、真面目で素朴であることは、なんてすてきなことだろう。私は「鳩サブレー」に、由緒正しき焼き菓子の香りを嗅いだ。 ふと、「かっくまら」で、玉砂利を投げて鳩を追い散らした日、家で口の中に入れてもらった、あの甘くて、サクサクとしたお菓子の味を思い出した……。 横浜西口のデパート「たかしやま」で、このごろ私は、「鳩サブレー」の手提げ入りをちょくちょく買っている。